二宮清純レポート 栗山巧(西武ライオンズ外野手)ピッチャーに一番嫌われる男

週刊現代 プロフィール

 死球を受けて左尺骨を骨折するまで、栗山の歩みは順調そのものだった。

 '07年にレギュラーを獲ると、'08年にはキャリアハイの3割1分7厘をマークした。このシーズンに放った167本のヒットはパ・リーグ最多だった。

 '09年には自己最高の12本塁打を記録。'10、'11年は連続して打率を3割台に乗せ、パ・リーグを代表する外野手に成長した。

 目を見張るのがフィジカル面の充実ぶりだ。入団時75kgの体重は85kgまでになった。筋肉の張りや厚みはユニホーム越しにもはっきりと見てとれる。

 ひとりのトレーナーとの出会いが、栗山のトレーニング観を変えた。その人物の名前は、大川達也。日本人メジャーリーガーのパイオニアである野茂英雄を、サポートしたことでも知られる。

 栗山は語る。

「大川さんが言うには〝ウエイト(トレーニング)をして打球を飛ばしたいと考えている者がいるけど、そうじゃない。厳しい練習をしても壊れへんだけの体をつくる。それがウエイトなんや〟と。〝その結果として打球も飛ぶようになる〟。この説明には説得力がありました」

 大川の話も聞こう。

「最初に栗山選手を紹介してくれたのは西武の二軍監督だった石井浩郎さんです。〝練習好きでセンスもあるから、体さえ鍛えれば一軍でやれる〟と。

 栗山選手にとっての手本は野茂さんだったと思います。栗山選手の1・5倍くらいの負荷を野茂さんはスイスイこなしている。〝こんなにやるんですか!?〟と目を丸くしていましたね。

 まず、目指したのはいくら練習をやっても壊れない体づくり。接触プレーや死球によるケガはやむを得ませんが、走塁中に足をひねったりというケガや疲労蓄積による腰痛はやり方次第で防ぐことができる。

 トレーニングを始めて1年で栗山選手は体が大きくなり、2~3年で体つきがすっかり変わりました。野茂さんも〝デカくなったなぁ〟と驚いていましたよ」

もうホームランは打たない

 ヒデオ・ノモからも栗山は大きな刺激を受けた。

「オフシーズンは体を若干休ませるものだと考えていたんですけど、野茂さんは12月の頭からウエイトをガンガンやっていた。〝あれだけ結果を残している野茂さんが、こんなにやっているのに、自分たちは何をしてたんや〟と。もう休んでいるヒマなんてないと思いましたね。