核のない生物っていますよね。幸せな連中だ。

武村政春『新しいウイルス入門』
武村 政春 プロフィール

 移植できる細胞核?

 そう。細胞核は移植できるのである。人工的な方法のみならず、自然の世界で達成された、より優雅な方法でも。もしかすると、細胞核自体が、何かが〝移植〟されてできたものだった可能性すらある。

 細胞核を持つ私たち真核生物が、そのようにして誕生したのだとすればどうであろうか。しかも最初に独房の中でうずくまって何かをし始めたソレが、じつはウイルスだったりしたら?

 細胞核がなぜ、そこにあるのか。なぜそこになければならなかったのか。こうした愚問に答えるすべはないが、どうやってそこに居るようになったのか、それに対する答えは、もしかしたら用意できるかもしれない。

 その一方で、細胞核という「自己」がじつはウイルスに由来するものだったのではないかという驚くべき仮説は、私たちの拠って立つ「自己」がまさに音を立ててひび割れ(細胞核がひび割れる(Der Zellkern bricht auf) by BB)、崩れ落ちるかの如き脆弱な〝理由〟のもとで成り立ってきたものだったのではないかと、人々に思わせずにはいられないかもしれぬ。もちろん、あくまでも仮説だ。

 そう言えば、夢から醒める直前に、こんな場面を垣間見たのを思い出した。

 がらんとしたその大きな空間には、大きな丸いものが、ただ一個だけあるものだとばかり思っていた。ところが一瞬だけ、その大きな丸いものの向こう側から、何かが顔をのぞかせたように見えたのである。

 何だろう? その形は、目の前にある大きな丸いものと、寸分違わぬように思われた。色も、材質も似たようなもののように思われた。

 もう一度目を凝らしてみようと思った瞬間、夢はすべて泡沫のように消え、心地良い朝の香りが周囲を覆っていた。もう一つの細胞核……か。

 寝間着は汗でぐっしょりと濡れている。気がつけば、数日来続いていた熱も下がっていた。私を苦しめたインフルエンザウイルスもまた、夢と同じように、いつの間にか消え失せていたのだった。

(たけむら・まさはる 東京理科大学准教授)

 
◆ 内容紹介
ウイルスの基礎的な内容と、最新の知見を平易に解説。あわせて、「生物とは何か」について、ウイルスからの視点で問い直す。
 
武村政春(たけむら・まさはる)
1969年生まれ。東京理科大学大学院科学教育研究科准教授。博士(医学)。DNA複製の分子生物学や、分子生物学をベースとした生物教育学を専門として教育研究を行うかたわら、生物学に関する一般書の執筆も多数手がける。さらに、世の中のすべてを「複製」の観点から見る「複製論」を展開中。本書のほか、『レプリカ~文化と進化の複製博物館』(工作舎)など著書多数。妖怪(特にろくろ首)好きの分子生物学者としても知られる。
http://www.takemura-lab.com