核のない生物っていますよね。幸せな連中だ。

武村政春『新しいウイルス入門』
武村 政春 プロフィール

 このたび講談社ブルーバックスから上梓した『新しいウイルス入門』で紹介するのは、インフルエンザウイルスに代表される「ウイルス」たちの生き様と、そうして部屋の中で不気味にうずくまった細胞核が、いかにして誕生したかに関する私の研究の一端である。

 ノロウイルス、インフルエンザウイルス、エイズウイルス、ヘルペスウイルス……。ありとあらゆるウイルスたちが、私たち生物と共に生きているこの世界は、じつは夢に出てきたあのがらんとした虚空のように、一見すると何もないかのように見え、その実、多くの目に見えない〝生き物〟たちが蠢く空間からできている。

 そうした「蠢き」を知ってか知らずか、私たちは常に、彼らと共に生きるという運命を負わされている。その運命の中で病気になり、死に、そして進化するという、飽きることのない営みを、気の遠くなるほどの長い年月、繰り返してきた。

 いったいウイルスとは何者なのだろう。

 これは、『新しいウイルス入門』の中で、私が絶えず問いかけていることである。

 すぐさま感染症、インフルエンザなどの言葉が連想される「ウイルス」だが、その真の姿は単なる病原体ではなかったはずだ。それが生物(の細胞)に感染しなければ増殖できないような物質(ウイルスは生物ではなく物質とみなされている!)であるならば、生物に病気を引き起こすことはむしろ、自らの首を絞めていることになりはすまいか?

 確かにそうなのだ。ウイルスの〝目的〟は、生物の生存機械を破壊し、破滅をもたらすことではない。むしろ「共存」であるはずだ。

 その共存の過程ではからずも、ウイルスたちは、その様々な足跡を私たち生物の中に遺してきたのだった。その一つが、私たち真核生物がその細胞の中に必ず持つ「細胞核」だったかもしれない、そんな話がじつはある。

 タイトルの「核のない生物って~」は、ドイツのヴォイスパフォーマー、ブリクサ・バーゲルト Blixa Bargeld (BB)の言葉である(武村知子著『日蝕狩り ブリクサ・バーゲルト飛廻双六』青土社より)。原文では「Es gibt noch Lebewesen, die keine Zellkern haben―glückliche Dinger」である。この場合の「核のない生物」とは、BBの意図するところを正確に捉えれば、赤血球のことだ。