浜田宏一「いま日本の未来が見えてきた」

『アメリカは日本経済の復活を知っている』より第4回

 ところが片岡剛士氏に指摘され、九月の日銀の新決定をFRBの決定と比較してみた。すると、日銀の諸決定は、金融緩和を装いながら、約束だけしてなんら実行を伴わない、あるいは実行を徹底的に先延ばしにする、いってみれば批判逃れの政策に過ぎないことが分かった。

「良い日銀」であるかのように見える看板は見せかけだった。私がだまされたのだから、他にもだまされた人は多いに違いない。

「バレンタインデー緩和」は、日銀が市場の期待に働きかけようとした新機軸だった。しかし、実際の貨幣供給、そのもととなる資産の買い上げのフォローアップを、その後ほとんどしなかった。実際にはチョコレートを配らなかったわけだから、これでは義理チョコ以下、いわば空手形だ。

 そのため、九月一三日、アメリカのQE3の決定に合わせて、一九日に日銀が緩和を宣言しても、株価、円レートに対する影響はきわめて弱いものとなってしまった。

 FRBの行動にやむを得ず追従しながら、日本だけでなく世界に向けて「金融政策でデフレは解消しません」と講演して回った総裁のおかげで、効くはずの緩和政策も効かなくなってしまったのである。

日銀の意識に「庶民の生活」はない

 毎日のように通勤電車を止める飛び込み自殺。その一部は明らかに経済的要因で説明できる。しかし、日銀政策委員会を傍聴した人によれば、日本銀行には、金融政策が、失業、倒産、そして自殺を増やすという形で庶民の生活に密着しているという意識がないらしい。

 円高政策は弱い企業をいじめる政策である。経済の空洞化を推し進める政策であるのはもちろん、地方切り捨ての政策でもある。空洞化の流れで、企業が外国に工場を移転しても、東京のヘッド・クォーターは残る。結果、工場があった地方は疲弊する。東京は超円高に耐えられても、地方はそうはいかないのである。そう考えれば「大阪維新の会」の支持者が多かったのもうなずける話だ。

 これらのメカニズムに気づかない、あるいは気づいても黙っている学者、報道しないマスコミも同罪といっていい。二〇世紀初頭にかけて足尾銅山の鉱害と戦った田中正造が議会で質問したように、「亡國に至るを知らざれば之れ卽すなわち亡國の儀」なのである。

 また、イギリスの詩人ロバート・ブラウニングは、「知らないことは言い訳にならない。それじたいが罪なのである」といっている。数学者の藤原正彦氏は「週刊新潮」(二〇一二年二月一六日号)の連載「管見妄語」において、ここまで私が書いてきたことを、実に簡潔に、以下のように表現している(まだお会いしたことはないが、私は『若き数学者のアメリカ』などで、数学者の夢と青春を鮮やかに描いた藤原氏の隠れたファンである)。

 
―連続インタビュー・浜田宏一×安倍晋三―
「官邸で感じた日銀、財務省への疑問。経済成長なしに財政再建などありえない」
 ■貨幣について国家としての戦略的な思考が必要だ
 ■経済金融の世界における外交的戦い
 ■政策の不備、無知がデフレ、円高を呼んできた
―安倍晋三インタビュー・解題― 
「いかにすぐれた政策も、実現するためにはリーダーシップを持つ政治家が肝要だ」
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