「死ぬのが怖い」人に贈る七つの対処法

「幸福学」の前野隆司先生が教えます
前野 隆司 プロフィール

とはいえ、そんな残酷なことを人々に伝えようとしているのだから、僕もたちが悪いというべきかもしれない。しかし、父が言い放ったのとは違って、僕は、死は自己の完全な消滅だが、それは怖いことではないんだよ、ということをセットで述べているという点で、父よりは親切だと思う。

スピリチュアリティーを信じる人、宗教を信じる人、来世を信じる人が、一定数いる。そういう本も売れている。

そう信じることで幸せだったり救われたりしているんだから、そこに僕がわざわざズカズカ踏み込む必要はないとも思う。

しかし、論理的根拠もなく確実性の低いことを信じるのもなんだか痛々しいので、正してあげたい気もする。そういう怪しげなものを信じるエネルギーを別のところに向ければもっと健全で有意義な世界が構築できるかもしれない、という気もする。知らないのなら解説してあげたい、というおせっかい心も湧き上がる。だから、本書『人はなぜ「死ぬのが怖い」のか』を書いた。

僕はこれまで、ビジネスマンとして、学者として、色々な学問を旅してきた。

進化生物学、脳神経科学、複雑系の科学、論理学、統計学、そして哲学・倫理学。これらに横串を刺すシステムデザイン・マネジメント学。これらの学問から考えるに、死後の世界が存在するというのは極めて望みうすだ。

Photo by Brodie Vissers from Burst

進化論は、人間が環境適応の結果生じた「死ぬのが怖い」と思う動物に過ぎないという事実を僕たちに突きつける。

脳神経科学は、僕たちが「自由意志」だと思っている〝何か〟も、受動的に受け取った因果応報の結果をあたかも能動的に行った〝何か〟であるかのように錯覚する心という幻想システムの仕業に過ぎないという事実を僕たちに突きつける。

素粒子物理学は、論理や分析という考え方の限界を僕たちに突きつける。

哲学は、哲学自体が終焉して振り出しに戻った世界構造そのものの無常を僕たちに突きつける。

延々と積み重ねられてきた科学的知見から総合的に判断すると、人間はただのロボットで、心はただの幻想、死は単なるロボットのスイッチオフだと考えるしかない。もはや抜け道はない。そう思える。

そんなことは昔からわかっていたんじゃないのか?

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