浜田宏一「教え子だった白川方明日銀総裁はどこで道を誤ったのか」

『アメリカは日本経済の復活を知っている』より第1回

 私は公開書簡を、一国の中央銀行総裁には失礼な呼びかけでそう締めくくった。思わずそう書いてしまったというべきか。まさに「お願い」……懇願に近い気持ちだった。彼を「歌を忘れたカナリヤ」にたとえたのには理由がある。「金融は効かない」というのが日銀の基本的なスタンスだが、以前の白川氏はそうではなかったからだ。

 白川氏はシカゴ大学に留学したのち、同大学のハリー・ジョンソン教授が主張する「国際収支の不均衡は貨幣市場の不均衡によってもたらされ、調整は金融政策が有効である」とする説を日本に持ち帰り、為替変動などの経済現象に対しては日本銀行の金融政策が有効なのだという論文も書いている。そしてこの論文は、いまでも日銀のホームページで閲覧できる。

 ちなみに、この「国際収支の貨幣的接近」は、それより数年前、私の研究が海外に知られるきっかけとなった論文の基礎ともなっている。だからこそ私は白川氏に期待したし、総裁としての政策に不満を抱かざるをえなかった。公開書簡というメッセージが届いてほしいと、切に願った。しかし、メッセージは届くことがなかった……。私は公開書簡が収録された著書を、総裁と日銀審議委員各氏に献本したのだが、白川氏からは「自分で買います」との返書をつけて送り返されてきた。私が投げかけたメッセージに応えるどころか、受け止めてさえもらえなかったのである。

 これではいけない。国民のためには、このままではいけない。そんな思いは、さらに募った。とはいえ、白川氏や日銀に何かを投げかけても効果はないことも思い知らされた。そのことが、私が本書を執筆しようと決意した理由の一つでもある。

 これは師弟関係がどうであるとか、弟子が師に反抗するといった次元の話ではない。新しく、より正しい理論で教師に反抗するのはよくあること。これはむしろ健全なことだと、教師として私は学生に奨励してきた(霞が関の各省で、「浜田ゼミの卒業生は生意気だ」といわれたのも、そのような理由によるのであろう)。

 ただし、正統的な金融理論から日銀理論への回帰は、経済学発展の流れからすると逆噴射である。最も困るのは、それが稼働率の低下や失業、そして倒産を生む、国民を苦しめる方向への退歩でもあるからだ。

 日銀やその総裁に対してではなく、自分のメッセージが届く範囲を広げなければいけない。私が一生かかって研究してきた成果を、一般の人々にこそ知ってほしい。そのためにあるのが、本書なのだ。

(次回へ続く。1月19日公開予定)

 
◆ 内容紹介
ノーベル経済学賞に最も近い経済学の巨人、研究生活50年の集大成!!
この救国の書は、東京大学での教え子、日本銀行総裁・白川方明に贈る糾弾の 書でもある。20年もの間デフレに苦しむ日本の不況は、ほぼすべてが日銀の金融政策に由来するからだ。白川総裁は、アダム・スミス以来、200年間、経済 学の泰斗たちが営々と築き上げてきた、いわば「水は高いところから低いところに流れる」といった普遍の法則を無視。世界孤高の「日銀流理論」を振りかざ し、円高を招き、マネーの動きを阻害し、株安をつくり、失業、倒産を生み出しているのだ。本書で解説する理論は、著者一人だけが主張するものではない。日 本を別にすればほとんど世界中の経済学者が納得して信じ、アメリカ、そして世界中の中央銀行が実際に実行しているもの。世界から見れば常識となっている 「日本経済の復活」を、著者50年間の研究成果をもとに、わかりやすく徹底解説!
浜田宏一(イェール大学教授・経済学者)
1936年生まれ。東京大学法学部卒業、東京大学経済学部卒業、イェール大学経済学博士取得。東京大学経済学部教授、イェール大学経済学部教授、内閣府経済社会総合研究所長、中央大学大学院総合政策研究科特任教授(2003年)などを歴任。