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奥村隆「息子と僕のアスペルガー物語」【第9回】
まったく悪気なく「ひどいこと」を言ってしまう理由

奥村 隆 プロフィール

 誰かが善意で、他人のために何かをしてあげるとき、そうしてもらう側の人は、その行為に対し、いささかなりとも文句を言ったり、批判的な感想を述べたり、注文をつけたりしてはならない。仮にその行為に欠けているところや、部分的な問題があっても、一切指摘してはならず、全面的に感謝と誉め言葉を述べなければならない。そうしないと、場の雰囲気が悪くなり、人々の怒りを買う---。

 このことを、僕は十代の頃からさんざん失敗と試行錯誤を繰り返して、学んでいた。ただし、あくまで「知識」として「学習」したのである。

「学習」の結果、空気が読めるふりができるように

 考えてみると、僕も十代の頃までは、料理を作ってくれた人に「まずい」とか「これ、嫌い」などと平気で言う人間だった。それを周囲の人たちに注意され、叱られるうちに、「どうやら、何かをしてもらっているときは、少しでもそれについてネガティブなことを言ってはいけないらしい」ということを推測し、理解し、後天的に身につけたのである。

 テレビ番組の話に戻ると、やはり問題の正解は「おじさん」とのことだった。出演者の一人が、「『大人の発達障害』の人には、正解がおじさんだとわからないケースが多いそうです」と説明していた。

 その通りだ。正直に言うと、なぜおじさんの言葉が他の人を気まずい思いにさせてしまうのか、その理屈が僕には今もさっぱりわからない。おじさんは事実を言っているだけではないか。

 もし、Aさんが本気でおじさんを喜ばせたいのであれば、おじさんがチーズを苦手にしていることを事前に調べておくべきだ。少なくとも、作り始める前に、「チーズケーキは好き?」という質問くらいしておけばいいではないか。簡単なことだ。それを怠った方が悪い。

 Aさんの行動は所詮、おじさんへの善意の押し売りに過ぎない。本当のことを正直に言ったおじさんが「空気が読めない」という理由で責められるのは、筋違いだと思う---。

 でも、そんな本音を口に出してしまえば、周囲から変な目で見られたり、怒られたり、敬遠されたりする。そのことを、僕は子供の頃から嫌というほど経験してきた。だから、こういう問題に出くわしても、少し考えれば、今なら「正解」を答えられるようになった。

 しかし、僕がその「空気が読めるふりができるレベル」にたどり着くまでには、前述のように、多くの「学習」が必要だった。そのために長い期間、他人が理解できない(らしい)努力を続けてきた。発達障害と無縁の人には奇妙に思えるかもしれないそれらの思い出を、次回は紹介していこう。

〈→第10回〉

※この連載は原則として毎週土曜日に掲載されます。