第16回 勝新太郎(その一)
破天荒な俳優――。大変な浪費家だった、六代目尾上菊五郎に真っ先に惹かれる

福田 和也

 千葉から深川に戻り、父には芸者から素人まで、沢山の弟子が出来た。

 稽古場が盛況なのはいいけれど、かろうじて這い歩きが出来るようになると、筋の悪い弟子たちの勘所の悪さが気になって仕方がなかったというから、音感は先天的にか、後天的にかは別として、ごく幼い頃から、きっちりと入っていたのだろう。

「天才」という形容をしても、過言ではないと思う。芸事の習わしに従って六歳の六月六日、杵屋勝貴賀に入門し、長唄と三味線を習いはじめた。子供時代、勝は歌舞伎に熱中していたという。

 贔屓は、六代目尾上菊五郎。

 昭和を代表する名優に、真っ先に惹かれた眼識は、なまなかなものではあるまい。

ジェームズ・ディーンと出会って映画俳優を志した

 その上、平仄が合っているのは、六代目が大変な浪費家だった事だ。

 他の役者が蓄財に励み、いくつも屋敷を建てて生活の基盤を確保しているのを尻目に、六代目は湯水のように金を遣って平然としていた。自分程度の芸人になれば、おのずと金は入ってくる、貯金などというさもしい事をしなくても、充分、豪奢な生活が出来るのだ・・・・・・。

 幼時の勝新太郎が、直接に六代目の影響を受けたとはいえないが、最終的には、二人の価値観と行動は、重なっている。

 昭和二十九年一月から十月まで、吾妻歌舞伎という一座で、父、杵屋勝東治、兄、若山富三郎と共に勝新太郎は、アメリカ巡業を行った。「その期間、俺と兄貴と親父と三人で、朝昼晩、顔を合わせて生活をしていた。それが、親子三人で過ごした、初めてで終わりになった」(同上)

 勝は20世紀フォックスの撮影所を見学した時、ジェームズ・ディーンと邂逅している。ジーンズを穿き、アイロンも当てていないシャツを着て、スリッパをつっかけて、ボケッと撮影を見ている男がいた。