『東京湯巡り、徘徊酒 黄昏オヤジの散歩道』著:島本 慶
黄昏オヤジの散歩道

 まるでオバちゃんの台所におじゃましてる感じでした。もぉ、何でもつくってくれちゃうからスゴイ店で、ステーキなんかもありました。これが五〇〇円という安さで、しかも上質の牛肉です。聞けば若い頃、ホテルで働いていたらしく、その料理長との繫がりで安く手に入るんですって。

 このオバちゃんのことを常連客はみんな、あきさんと呼んでました。本名は違ったらしいけど、店名が「あき」だから呼びやすかったんでしょうな。

 とにかくこの、あきさんのつくる料理はどれもこれもみな旨い。でも今はこの店はありません。あきさんは独身でしたが、弟がいてこれが不肖の弟で、麻雀狂いが祟って脳梗塞を患い、介護をしなきゃなんないってんで店を畳んで鳥取の実家に帰ってしまったんです。

 その後、頂いた手紙によると、何と両親の介護もしなきゃで大変みたいでした。大変なのは、あきさんだけじゃありませんよ。常連客も行き場を無くして、みんなアタフタしとりました。

 ところで、一度だけ鳥取のあきさんに会いに行ったことがあります。快く会ってくれたあきさん。宿泊先のホテルに手作りの料理をいっぱい届けてくれました。

「近いうちにこっちでもお店やろうと思ってんよ。そしたら来てよシマちゃん」

 なんてね。そんなあきさんに教えられた鳥取市内の銭湯を巡りました。こっちは銭湯がどこも全部温泉ですよこれが。いやぁいい旅をさせてもらい、これが楽しい思い出になりました。

 で、そのあきさんはおそらく過労が原因でしょうか三年前に亡くなられました。本当にショックでした。あの、あきさんの満面の笑顔は今でも忘れられません。

 その後、ちょっと明るいニュースが飛び込んできました。あきさんの店の常連客だった、通称マッチャンってのがいて、今度池ノ上で居酒屋を始めるというのです。大丈夫かぁ? と思ったりもしたけど、実はこのマッチャンたら新宿で大きな居酒屋の厨房を任されていた人で、この道三〇年のベテラン料理人だったってぇから驚き。プロ中のプロですよ。こりゃ楽しいと私、早速覗いてみました。

 うわぁ~大入り満席! 年配客から若い女性も、もぉマッチャンテンヤワンヤ状態。私、無理矢理に詰めてもらい何とかカウンターに座らせてもらいます。