『民法はおもしろい』著:池田真朗
カンボジア人学生からの手紙

 そこで話は冒頭に戻る。カンボジア人学生の二通の手紙は、四年前にプノンペン王立法経大学の中に設置された名古屋大学日本法教育研究センターで教えておられた宮島良子先生から、前掲の桜木先生に託され、私の手元に届いた。

 二通のうち一通には、「以前にもお手紙を差し上げたことがあるのですが覚えていらっしゃるでしょうか」とあった。じつは彼らは、右の日本法教育研究センターの一期生で、今年七月の卒業後日本に留学し、名古屋大学大学院の院生や研究生になったところだったのである。

 当時すでに翻訳書のほうは広くプノンペンで法学教材として利用されていたのだが(ちなみに現在ではこの翻訳書は、前掲の「日本・カンボジア法律家の会」の尽力でmasaoikeda.comというドメインに公開され、自由に閲覧できるようになっている)、私は原書『民法への招待』の第三版補訂が出た機会に、これをプノンペン大学やカンボジアのJICA事務所、大使館等に寄贈した。

 そのうちの大学に送った一冊が、日本法教育研究センターで活用され、二通の手紙を書いてくれたリム・リーホン君、ジア・シュウマイさんに学んでもらえたのである。なかでもリム君は、当時同センター一期生代表として、まだたどたどしかった日本語で、懸命に礼状を書いてくれたその人だった。

 現在我が国では民法(債権関係)の大幅な見直しの作業がはじまっている。アジアをリードする民法典を作る、という意見もあるところだが、私は、このようなカンボジアでの経験から、「それぞれの国にそれぞれの民法、それぞれの国民にそれぞれの民法」という考え方が重要であると思うに至っている。そしてこのたび、そういうことまで書き込んだ、一般市民向けの民法入門書である『民法はおもしろい』(講談社現代新書)を上梓することになった。

 私に与えられた紫綬褒章は、四〇年近くに及ぶ、債権譲渡を中心とした民法学研究を評価していただけたもののようであるが、もとよりこれまでの業績が、そして受章後初の著作として発表する本書の内容が、その栄誉にふさわしいものかどうか自信はない。

 けれども私は、本書のはしがきに、「市民の幸福や安心・安全な生活の実現のために民法を究め、その成果を市民に還元して、一人ひとりの幸福をより大きなものとし、安心・安全な生活をより長く送っていただく。それが、民法学者の使命ではないかと私は思っている」と書いた。

 本書が、ささやかながらその使命の実現を少しでも担えるものになれば、著者としてこれに勝る喜びはないし、リム君たちへのお礼のメッセージとするにも、本書が一番よかったと思っている。

(いけだ・まさお 慶應義塾大学法学部・同大学院法務研究科教授)

民法はおもしろい
 
◆ 内容紹介
知らないと損をしてしまう、「人生の必修科目」! 連帯保証人の悲劇とは? ゴミ集積場に出したゴミは誰のもの? ネットで誤って承諾をクリックしてしまったら。振り込め詐欺にあったら――。 変わりつつある「現代社会の基本法」を第一人者がわかりやすく紹介する格好の入門書。
 
池田真朗(いけだ・まさお)
慶應義塾大学法学部・同大学院法務研究科教授。一九四九年生まれ。 旧司法試験・新司法試験考査委員、法制審議会部会委員、国連国際商取引法委員会(UNCITRAL)国際契約実務作業部会日本代表等を歴任。 現在、日本学術会議会員。主著に『債権譲渡の研究』第一~第四巻(弘文堂)、『ボワソナードとその民法』(慶應義塾大学出版会)。『スタートライン債権法』『スタートライン民法総論』(日本評論社)、『新標準講義 民法債権総論』『新標準講義 民法債権各論』(慶應義塾大学出版会)、『法の世界へ』(共著・有斐閣)など、入門書・教科書の執筆も多い。