『民法はおもしろい』著:池田真朗
カンボジア人学生からの手紙

 プノンペン王立法経大学の講堂で初めての翻訳書贈呈式と記念講演をした当日は、カンボジアの司法大臣、教育大臣、在カンボジア日本大使の列席があって、国を挙げての復興のために私たちの活動を歓迎してくれていることを実感した。講堂いっぱいの学生諸君も、本当に情報に飢えているという感じで、目を輝かせて聴講してくれた。

 これが、その後二〇〇二年、〇四年、〇八年と続く、私のカンボジアでの講演と民法講義の始まりだった。第二分冊、前半合本、最終完全翻訳本と、翻訳が進むつどイベントがくりかえされたのである。

 ちなみに、第一回の講演から通訳をしてくれたカンボジア人コン・テイリー君は、その後同書の続きの部分の翻訳者となり、さらに日本に留学して、現在は名古屋大学の准教授になっている。

 二〇〇〇年当時、首都プノンペン市内にはまだ道路に信号がなく、郊外の小学校を訪問した際には、鉛筆や消しゴムを持ってきてあげればよかったと悔やむような状態だったのだが、数年おきに訪問するごとに復興は急速に進み、鉛筆と消しゴムなどと考えたのがすぐに恥ずかしくなるような状況になった。

 そしてすでに二〇〇二年の二度目の講演では、一年少し前に何もわからずに講演を聞いていた学生さんが、民法の解釈に関する立派なレベルの質問をしてくれたのである。

 これらの体験は、私に強い印象と、貴重な示唆を与えてくれた。つまり、国際的な支援は、上からの目線で「してやる」ものと考えていたら非常に不遜かつ不適切である、ということである。

 そして、二〇〇八年に完全翻訳版を贈呈するために訪問したときには、カンボジアでは日本の支援による民法典ができあがったところであった。できあがった、といっても、政府側の制度対応や市民間の取引慣行の整備などからして、民法が実際に施行されて順調に機能するようになるにはまだ数年はかかるのではないかという感じはしたものの、私は講演で民法典の制定を祝い、「これからは皆さんは我々と民法研究の友人になる」という言葉で結んだ。

 実際、その施行に関する法律の整備などに手間取ったこともあって、カンボジア民法典の運用開始は二〇一一年の暮れまで延びたが、今後のすみやかな浸透が期待されるところである。