「減電」で日本は再生可能か 欧州の「成功例」を訪ねてわかったこと

答えは「エネルギーの地産地消」だ!
小澤 祥司

3.11後、わが国で繰り返されたのは、原発なしでは日本は深刻なエネルギー不足に陥るという議論であった。もちろん、この議論は前提が間違っている。電気だけがエネルギーではない。石油も石炭もエネルギーだし、暖房や調理なら薪や炭もある。太陽の光は電気に変えずに熱として利用すれば3倍も4倍も効率がよい。

一方、発電所では大量の燃料を燃やしているが、その時発生する熱の半分以上、原子力発電では3分の2は廃熱となって環境中に捨てられているのだ。送電・変電時の損失もあり、われわれの許に届くのは投入されたエネルギーの平均して3分の1程度でしかない。

わが国全体の最終エネルギー消費量に占める電気の比率は25パーセント程度だし、家庭で使用されるエネルギーの半分程度だ。それも電気でなくてもよい用途に使われている。

たとえば家庭で使うエネルギーの半分から3分の2は、給湯や暖房で使われている。もし発電所で捨てられる熱が利用できるなら、総体のエネルギー投入量を3割程度は減らすことができるだろう。

すべてを電気に頼らずに熱を熱としてむだなく使うこと、電気と熱のバランスをとることが、脱原発のみならず、気候変動対策や将来のエネルギー枯渇を考えた時、重要な鍵なのである。

3.11以降のエネルギー論議に大きな違和感を感じて、私は「節電ではなく減電を、脱原発ではなく脱電気を」と主張してきた。そのためには現在のような大規模集中型の発電システムでなく、地域地域に適正な規模の、熱と電気の両方を使うコジェネレーション・システムを整備していく必要がある。

風力発電で知られるデンマークだが、供給電力の半分以上はこうした地域にあるコジェネレーション・プラントからのもので、廃熱は温水として地域の暖房や給湯に利用されている。こうした使い方をすればエネルギーは自ずから地産地消に向かう。エネルギーの代金が地域に回り、関連産業も興るというわけだ。

新著『減電社会 コミュニティから始めるエネルギー革命』では、こうした脱原発と気候変動対策で先行するヨーロッパの地域、そして日本の先進地をルポし、わが国の将来のエネルギーのあり方を論じた。

カバーに使ったのは冒頭のフライアムト村の風景である。

(おざわ・しょうじ 環境ジャーナリスト)

 
◆ 内容紹介
原発事故前と原発事故後で何が変わったのか。何も変わっていないのではないかと私は思う。それは原発を必要とする側と、原発をやめようという側、双方に言えることだ。 脱原発へのマクロなシナリオを描くことはできなくはないが、それは単なる数字の遊びと言われてしまえばそれまでである。いま必要なのはやってみせること、グッドプラクティスを示すことではないか。一つ一つ小さくてもいいから、地域から動き出せば、必ず日本は変わると信じたいし、もう一度そこから始めたい。(本文より)
 
小澤祥司(おざわ・しょうじ)
1956年静岡県生まれ。東京大学農学部卒業。出版社勤務などを経て、環境学習・環境保全活動の支援・自然エネルギーの普及・持続可能な地域づくり等の事業に携わる。3.11以降、飯舘村の放射能汚染調査、後方支援活動に取り組んでいる。 主な著書に、『メダカが消える日 自然の再生をめざして』『コミュニティエネルギーの時代へ』(以上、岩波書店)、『自然エネルギーがわが家にやってくる』(中央法規出版)、『二〇五〇年 自然エネルギー一〇〇% エコ・エネルギー社会への提言』(時潮社、共著)、『マグロが減るとカラスが増える?』(ダイヤモンド社)、『飯舘村 6000人が美しい村を追われた』(七つ森書館)がある。

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