『がんワクチン治療革命』著:中村 祐輔
がんと戦え! 希望を失わずに

 一九九〇年から始まったヒトゲノム計画ではこの三〇億文字を明らかにするために十数年と約一〇〇〇億円の経費が必要だったが、二〇〇五年には約二年と数億円で可能となり、二〇一〇年には一週間と一〇〇万円弱になった。

 二〇一三年には一日と一〇〇〇ドル(約八万円)でできるようになる。驚異的な技術革新によって各患者さんの個性を見極めて治療法を選択する時代に突入している。といっても日本は蚊帳の外であるが。米国では個々のがん患者のゲノムを調べ、それを利用するための国を挙げての対策が進みつつある。

 標準療法のひとつの問題点を前述したが、もっと大きな問題点は、これによって進んだ医療のマニュアル化である。まさに医療のファーストフード化が引き起こされている。マニュアル通りに患者さんに対応すれば、自分の責任を果たすことができると考え、データを見ても患者を診ない医師が多くなってきている。

 メディアの無責任な医療報道がこのような「あたらずさわらず医療」の背景ともなっている。マニュアル通りに治療計画を進め、マニュアルに次の治療に対する指示がなければ、安易に治療放棄と死の宣告をする状況が固定化されてきた。

 この状況に、治験が進まない、日本発の治療薬が生まれないことが重なり、多くの患者さんが医療から見捨てられたと感ずるようになり、家族とともに残された日々を「死を一〇〇%の前提とした」暗黒の精神状態で迎えざるを得なくなった。

 私はかつて外科医として勤務していた時に治療法のない患者さんに接し、また、末期大腸がんであった母と悲嘆にくれる父を間近で見て、希望のない味気ない日々にわずかな希望の火をともすことの重要性を痛感した。

 私の研究室では、親族をがんで亡くした研究者やがんという病気の前に為すすべがなかった体験を持つ多くの臨床医たちが集い、がんという病気と戦うための道具を患者さんに提供すべく、日夜研究を続けてきた。その結果、がんの新しい治療法の可能性につながるものを見出すことができた。

 しかし、研究に励むだけでなく、日本の国の体制を変革しなければ道具を患者さんに届けることが非常に難しいと考え、内閣官房に設置された医療イノベーション推進室長に就任した。もともと「イノベーション(革新)」を起こすには国の体制に「レボリューション(革命)」が必要だという思いがあった。

 しかし、大震災によって「イノベーション」は吹っ飛び、研究者としての再起の場として米国という地を選んだ。彼我の差を改めて学ぶことの大切さも認識したからだ。