『がんワクチン治療革命』著:中村 祐輔
がんと戦え! 希望を失わずに

 しかし、どうしても自分の思いを叶えてくれるまで意見を求め続け、甘い言葉の罠にはまって間違った選択をされる方もいる。それが、標準的な治療法(標準療法)から大きく逸脱していても。

 標準療法の根拠の多くは、大きな集団の比較、たとえば「一〇〇〇人のある治療(治療法A)を受けた患者」と「同じような条件の一〇〇〇人の別の治療(治療法B)を受けた患者」とを比較して、どちらの治療法ががんの悪化を抑えたのか、どちらの方が生存期間が長かったのかを比較して優劣を決める。したがって、科学的な根拠(エビデンス)に基づいているといえる(個人差はほとんど配慮されていないが)。

 良心的な医師であれば、まず、この標準療法を患者さんに推奨するはずである。独りよがりの根拠のない治療法を推奨する上に、その科学的な解析結果を示さないことは百害あって一利なしである。全国どこでも均質の治療を受けることができるという点では標準療法の確立は重要である。

 といっても、私は標準療法に諸手を上げて賛成しているわけではない。なぜならば、二〇世紀には患者さんの集団を一括りでまとめて統計学的に比較するのが、最も科学的な手法だったが、二一世紀となった今、患者さんの個人差を計測する科学的な技術革新が起こり、患者さんの個性を評価することができるようになってきたからだ。

 ある抗がん剤が非常によく効く患者、同じ治療薬なのにまったく効かない患者、そして副作用で苦しむ患者、これらの背景となる原因が科学的に明らかにされてきている。私は、個々の患者の差を判定して、それぞれの患者さんに適した治療法を提供する医療をオーダーメイド医療(最近では個別化医療と呼ぶ人も多い)と命名し、国として取り組むべきであると一五年ぐらい前から推奨してきた。

 このオーダーメイド医療のひとつの重要な鍵となっているのはゲノム解析である。ゲノムとはわれわれが親から子へと受け継ぐ遺伝子情報の総称であるが、三〇億文字の本に匹敵する情報を精子や卵子を通してわれわれは受け継いでいる。そこにはお酒に弱い、糖尿病に罹りやすい、といったさまざまな情報が記され、われわれの持って生まれた個性に大きく影響している。

 細胞が一個から二個に増える(分裂する)際に、この何十億もの情報がコピーされるが、時として誤字・脱字・ページ落ちなどのエラーを起こす。大事な部分にエラーが起きると、細胞はがん化するのだが、患者さんごとにエラーの種類や数が違うため、がん細胞の性質が違っている。二〇世紀の科学では、この個人差を識別することができなかったが、二一世紀の科学はこれを可能にしつつある。