財務官僚が分析する「習近平時代の中国経済」

『中国共産党の経済政策』著者・柴田聡氏インタビュー

現段階における「中国」とは、いわば一つの国の中に、発展段階のまったく異なる国が同居しているような状態なのですね。

柴田 クルマがいい例だと思いますが、中国人の「クルマがほしい」という〝物欲〟は、いまでもかなり強烈です。液晶テレビやスマホ、デジタルカメラに関しても同様です。

 ですから、「もう数年で中国経済はダメになる」といった過小評価をしていると、将来、日本や日本企業は戦略を誤ってしまう可能性は高い。むしろこの5年、10年、中国は引き続き伸びていき、いずれアメリカに匹敵する経済大国になるという前提に立った上で、「巨大な隣人」である中国と接し、対中戦略を考えるべきだというのが、私の見解です。

なぜ「一党独裁体制」は続くのか

今の中国というのは、国民の民主的な政治参加を抑制する一方、資源開発や軍事などに優先的に経済資源を投入して国力の底上げを図ろうとする「開発独裁」の国であり、しかも一部の人間は非常に豊かだけど、中間層が育っていないため格差が拡大している、という指摘については、どう分析しますか。

柴田 数字も含めて申し上げますと、私が北京に赴任した2008年公表の北京市における居住人口一人あたりのGDPは、6000ドルでした。これは当時、マレーシアと同程度といわれていました。ところが5年後の今、北京市のそれは2倍以上伸び、軽々と1万ドルを超えています。

 先進国入りを果たす前に一人あたりのGDPが4000~6000ドルで停滞してしまうことを「中所得国の罠」と言いますが、1万ドルを突破しているのは、北京だけではありません。上海、天津、広州といった中国の大都市も、「中所得国の罠」をものともせず、あっさりと1万ドルを超えています。もちろん、大都市の都市戸籍を持つ人を対象としたデータで、出稼ぎの人達は含まれていませんが。

 新著にも書いたのですが、中国の経済政策は、究極的には、中国共産党の統治機構をいかに維持するかの観点から運営されており、それこそが中国経済の本質ではないかと思います。しかし、かつては一人あたりのGDPが2000~3000ドルと、いわゆる最貧国と同レベルの地域もありましたが、この5年間のうちに着実に伸びていて、現在、中国全体では5000ドルに達している。日本とは比較にならないほど格差が拡大しているのは事実ですが、着実に底も上がっているのです。中国現地で生活していると、その変化は強く実感されるところです。

先日行われた総選挙で、自民党が第一党に返り咲きました。日本では小泉政権以後の6年間、1年ごとに首相が交代しています。それは、簡単に言えば誰も国民の信頼を得ていないからなのでしょうが、それに対し、傍から見ると中国は民主的ではないし、格差も広がり、官僚の汚職がひどい等、ネガティブな面が目立ちます。いくら全体の生活水準が上がりつつあるとはいえ、共産党による一党独裁体制を倒そうといった動きがいつ出てきても、不思議ではないと思うのですが。

柴田 たしかに、中国で庶民の人たちとおしゃべりをすると、「国威発揚のために宇宙に人工衛星を飛ばすカネがあるなら、もっと自分たちの生活をよくしてくれ」とか、「雇用や賃金引上げを何とかしてほしい」「社会保障をもっと充実させてもらいたい」といったような、党・政府に対しさまざまな批判・要望が出てきます。役人の汚職や腐敗に対しても、大いに不満を持っています。

 とはいえ中国は、特定の個人ないし一族が支配している北朝鮮的な体制とは違います。中国共産党内でのし上がるには、高い能力は当然の前提であり、その上で、長い時間をかけて激烈な政治競争に勝ち抜いていかなければなりません。当然、目立った業績も必要になります。つまり、中国は「競争的な一党独裁」体制を敷いているとも言えるわけです。

 たとえば今回の党大会で常務委員になった習近平氏をはじめとする7名にしても、約8600万人の党員のなかから苛烈な競争を勝ち抜いてきたわけです。その点は多くの国民からも認められているんですね。

 また一方で、ふだんから激しい競争にさらされている中国国民は、その多くが経済的に恵まれておらず、大変な毎日を過ごし、内部的な不満はかなり大きいのは事実ですが、一方で、外国人には弱みを決して見せようとはせず、その点は非常に統率力が取れています。

 現状では、「より富を得よう」「少しでも経済成長のおこぼれに与ろう」と、いくつも仕事を掛け持ちするなどして、たくましく、必死に日々を過ごしているわけです。その前提として、明日は今日よりも豊かになれるという希望を持てる環境がある。だからこそ、現在の「競争的な一党独裁」体制を壊そうという動きには、なかなかつながりにくいと私は見ています。