[虎四ミーティング]
本田武史(プロフィギュアスケーター)<前編>「長野、ソルトレーク五輪の舞台秘話」

スポーツコミュニケーションズ

人生で最も長く、重い“6分間”

二宮: 当時の男子フィギュア界はプルシェンコとアレクセイ・ヤグディンのロシア勢の2人が2強でした。そこに日本人選手が割って入ったわけですから、痛快でした。
本田: いやぁ、彼らと同じ最終グループでの演技は緊張しましたね。それまで一度も経験したことのない空気の重さを感じました。

二宮: 14歳から世界選手権に出場するなど、数々の世界の舞台を経験していても、やはり五輪の雰囲気は独特だったと?
本田: 世界選手権とは比べものにならなかったですね。あの時の6分間は、人生で一番長く感じました。

二宮: 滑りながら、「長い、長い」と?
本田: いえ、矛盾しているのですが、6分間のうちにやらなければいけないことは盛り沢山だったので、滑っている時はあっという間に感じていました。でも、滑り終わった後の疲労感がすごかったんです。それで「ズッシリと長い時間だったな」という印象が強く残っています。

二宮: 精神的な疲労だったんでしょうね。
本田: 実は、自分の演技をほとんど覚えていないんです。滑っている時も曲の音は聞こえていたのですが、自分がどう動いているかは全くわかりませんでした。

二宮: それだけ集中していたということでしょうか?
本田: そうだと思います。いわゆる“ゾーン”に入っていたんでしょうね。特にショートプログラムの時は自分でも神がかっていたなと思いますね。絶対に失敗しないという感覚がありましたから。

二宮: それで2位でしたから、メダルの可能性も考えたのでは?
本田: うーん……正直、ちょっと狙った部分はあったかもしれませんね。ただ、必ずプルシェンコがフリーで追い上げてくるということはわかっていましたので、とにかく自分はいい演技をしないとダメだというプレッシャーがありました。