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奥村隆「息子と僕のアスペルガー物語」【第7回】
中学時代から僕を苦しめてきた「深刻な症状」

奥村 隆 プロフィール

 気のいいHは「お前、ちゃんと先生の話を聞いてたみたいだったけど、実は寝てたのか?」と不審そうに僕を見ながらも、親切に宿題の中身を教えてくれた。僕は「ごめん、ついぼんやりしちゃってさ」と作り笑いで応じつつ、何かよからぬことが自分に降りかかっているのではないかという暗い予感を感じていた。

「俺をなめてるのか」と怒鳴られて

 予感は当たった。この症状が僕の学校生活に及ぼす影響は、時を追うにつれて深刻なものになっていった。

 授業中、周囲の生徒たちが雑談し始めると、それが大きな声でなくても、僕は急に、先生の話していることがわからなくなる。本当に困ってしまい、そのたびに同級生に「静かにしてくれ!」「授業なんだから静かに聞けよ!」などと言うようになった。ときに怒鳴りつけることもあった。

 見方を変えれば、典型的な、教師に媚びる「いい子」の発言である。中学時代にこんなことをやったら、間違いなくクラスで浮き、嫌われる。僕もその例外ではなかった。何人ものクラスメートから「ガリ勉野郎」とか「ゴマすり」などと言われるようになった。まあ、それは仕方がない。

 

 でも、「仕方がない」では済まなかったのが、教師たちの態度の変化だった。彼らが僕を見る目は、どんどん厳しいものへと変わっていったのである。

 私語をしている生徒を注意するなど、一見、熱心に授業を聞いているようなのに、宿題はよく忘れる。校外学習のときには、教師の事前注意を無視した行動を取り、変なところに迷い込んだり、いなくなったりする。そんな僕は、多くの教師の目に「ふざけた奴」と映り始めていたようだ。

 特に、所属していた陸上部の顧問教師は、あからさまに僕を目の敵にするようになった。無理もない。練習中や練習後に指示を出しても、近くで仲間の誰かが話していると、僕の頭には何も入ってこないのだから。その結果、僕は、顧問教師に言われたことの多くを無視するような形になった。

 ある日の部活動で、校庭を何周か走るトレーニングを終え、一休みしているときのことだった。顔を真っ赤にした顧問教師が僕のもとへ駆け寄ってきて、いきなりこう怒鳴りつけた。

 「奥村! お前は陸上をなめてるのか? それとも俺をなめてるのか?」