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奥村隆「息子と僕のアスペルガー物語」【第6回】
僕が絶対に記憶できないこと

奥村 隆 プロフィール

 文字情報の丸暗記そのものは、僕にとっては朝飯前だった。しかし、入学式や始業式、終業式、卒業式などで、ピアノの伴奏に合わせて歌詞を歌おうとすると、これが非常に難しい。結局、他の生徒と同じく自然に歌えるようになるまでに、1年以上かかった記憶がある。

大相撲中継を見て、泣きたい気持ちに

 正直に告白すると、僕はいまだに『君が代』が歌えない。ただし、これは思想信条とは何の関係もない話である。

 僕は一国民として愛国心を持っており、国歌には敬意を払っているし、払うべきだとも考えているのだが、どう頑張っても『君が代』の歌詞が記憶できないのだ。冒頭部分の「き~み~が~よ~は~」しか覚えられていない。もちろん、メロディーは完全に覚えているのだが。

 歌えるものなら、僕だって歌いたい。先日も、大相撲の千秋楽をテレビで見ていたら、優勝した白鳳が、表彰式の前、場内に流されたメロディーに合わせて『君が代』を口ずさんでいた。このシーンを目の当たりにして、僕は自分が心底情けなくなった。「モンゴル人の白鳳が『君が代』の歌詞を記憶しているのに、なぜ日本人である僕は覚えていないのだろう? 日本国民失格ではないのか?」と、悲しく泣きたいような気持ちになったのだ。

 

 もし僕が東京都や大阪市の教職員だったら、『君が代』を歌えないという理由で処分を受けることになるのだろうか? やはり国民として、『君が代』の歌詞を丸暗記し、メロディーに合わせて歌う練習をした方がいいのだろうか? しかし、それでも覚えられなかったらどうしよう・・・?

 そんなことを思い悩みながら大相撲の表彰式の中継を見ていたのは、おそらく日本中で僕だけだったかもしれない。

 こんな話をすると、中には「歌手じゃないんだから、歌詞が覚えられないくらいであんまり深刻になるなよ」となぐさめてくれる人もいるかもしれない。確かに、歌詞が覚えられないだけならば、日常生活に大きな支障はない。歌を歌わなければいいだけの話である。でも僕の場合、残念ながらそれでは済まなかった。

 僕は中学校に入学してまもなく、これが自分にきわめて深刻な事態をもたらす問題であることを、否応なしに思い知らされることになったのである。

〈→第7回〉