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奥村隆「息子と僕のアスペルガー物語」【第6回】
僕が絶対に記憶できないこと

奥村 隆 プロフィール

 正確に表現すると、「僕は歌を聴きながら、同時に歌詞を覚えるという行為ができない」となる。普通の人なら、『いとしのエリー』が好きで何度も聴いていれば、自然と頭の中に歌詞が入り、S太郎のように歌えるようになるらしい。これは、頭が良いとか悪いといったこととは関係がないはずだ。

 でも、僕の場合は、メロディーと歌詞という2つの情報が耳から入ってくると、理由はまったくわからないが、メロディーしか脳にインプットされないのである。だから、同じ歌を何回聴いても、それだけでは絶対に歌詞を覚えられない。

 前に述べたように、僕は中学時代、期末試験中にもかかわらず、朝から教室でサザンの『BYE BYE MY LOVE』を級友たちと一緒に延々と歌い続けたことがある。そのとき、他の2人は歌詞を口ずさんでいたが、僕はメロディーを鼻歌で歌っただけだった。歌詞がまったく記憶になかったからである。

 「ザ・ベストテン」を見終わった僕は、がっくりしてしばらく立ち直れなかった。なぜ、歌を聴きながらメロディーを覚えられるのに、歌詞を同時に覚えることができないのだろう。なぜ、他のクラスメートにできることが僕にはできないのだろう・・・。

 見たものを脳に焼きつけられるという力のおかげで、僕は「記憶」に大きな自信とプライドを持っていたが、それは粉々に打ち砕かれた。心を突き刺されたような思いだった。

 

丸暗記でやっと歌えるようになった曲

 後になって、そんな僕でも、歌の歌詞を覚えられる方法が一つだけあることがわかった。曲の歌詞カードを手に入れ、音楽抜きで歌詞の部分を何度か読む、つまり、フォトグラフィックメモリーを駆使して丸暗記するのである。教科書を暗記するときと同じやり方だが、馬鹿馬鹿しいほど手間と労力がかかる。

 しかも、視覚情報として脳にプリントした歌詞を、メロディーに合わせて歌うには、さらなる努力が必要となる。なぜなら、「メロディーに合わせよう」ということに意識が向くと、覚えたはずの歌詞が口から出てこなくなるからだ。逆に、「歌詞を口から出すことを優先させよう」と意識すると、今度はメロディーに合わせられない。きちんと音程が取れず、歌詞を棒読みするような形になってしまうのだ。

 このように、労多くして得るものが少ない方法なので、実際に試したことは一度しかない。最後には、何とか歌らしきものを口ずさむことができるようになったが、かなりの時間がかかり、すっかり疲れてしまった。

 この、歌詞の丸暗記を一度だけ試した歌というのは、通っていた中学校の校歌である。入学した直後、「さすがに校歌を歌えないとまずいのではないか」と思い、生徒手帳に書いてあった歌詞を見て、丸暗記してみたのだ。