第13回 ロックフェラー(その一)
「石油王」の誕生---
鉄道と電信を生かす事務作業が、若かりし彼を鍛えた

福田 和也
ロックフェラー(1839~1937)アメリカの実業家として、石油支配権を独占的に確立。巨万の富を得て、当時、世界で最も裕福な人物とされた

 バーモントの大理石をクリーブランドまで送る単純な業務でも、鉄道と運河、湖上の定期便といった、各種の運賃や輸送にかかる時間を勘案して、複数の見積もりを顧客に提供する、俊敏な事務員として活躍した。

 一八五五年の大晦日、ヒューイットはロックフェラーに三ヵ月分の給与として五〇ドルを渡した。日払いにして、五〇セントである。そしてロックフェラーに、給料を上げて、月二十五ドル、つまり年俸三百ドルにする由、申し渡した。

 ロックフェラーは、気がとがめ、「罪人にでもなったような気がした」、という言葉を残しているが、これはやはり、後に述懐しているように、プロテスタンティズムの精神によるものなのだろうか。

 とはいえ、金銭にたいするロックフェラーの興味は、あからさまなものであった。若者であれば、当然の事だろうと思うけれど。

銀行券というものを生まれて初めて目にしたのは、青年になってからだった。

・・・・・・(中略)

ある日、雇い主が州南部の銀行の発行した四千ドルの銀行券を受け取った。彼はその銀行券を私にも見せてくれ、それから金庫にしまった。彼が行ってしまうと、すぐ私は金庫を開け、その銀行券を取り出してじっと見つめた。目を見開き、口をぽかんと開けて。それから金庫に戻し、二重に錠を下ろした。

私にはおそろしいほど高額に見えた。前代未聞の額だと思った。その日、私は何度も金庫を開けては、その銀行券をうっとりと眺めた」(『タイタン』)

『週刊現代』2012年12月8日号より