二宮清純レポート 特別版
ダルは出ない 4番もいない日本代表チームの監督
山本浩二 火中の栗を拾う覚悟

週刊現代 プロフィール

 結局、秋山は王貞治コミッショナー特別顧問からの就任要請を「侍ジャパン(の監督)としてやっていくなら現役(監督)は難しい」と言って固辞。一度ははしごをはずされそうになった山本に、再びお鉢が回ってきた。

 「大変、名誉であり、光栄なこと」

 山本はそう語るが、見方を変えれば火中の栗を拾う図にも映る。巷には「7年間、現場から離れていて大丈夫か?」との声もある。

 加藤コミッショナーは「今回は米国が本気になっている。(WBCで)日本に3度も勝たせるな、と。ですから(監督、コーチ就任を)引き受けてもらうことが非常に申し訳ない」と弱気なセリフを口にした。

 まるで濃霧の中の船出である。舵取りを任された66歳に勝算はあるのか—。

読みの深さで勝負する

 ミスター赤ヘル—山本浩二の現役時代の実績は華々しい。MVP2回、首位打者1回、ホームラン王4回、打点王3回。1975年には広島の主砲としてチーム創設以来、初めてのリーグ優勝に貢献した。

 法大時代、田淵幸一、富田勝とともに、〝三羽ガラス〟と呼ばれ、ドラフト1位で地元の広島に入団した。ルーキーの頃は田淵(阪神)、富田(南海)の後塵を拝したが、山本は大器晩成型だった。3人の中で名球会入りしたのは彼ひとりである。

 比類なき勝負強さは、読みの深さにあった。

 その白眉とも言えるシーンが、'86年の日本シリーズである。8戦までもつれ込んだシリーズは、後にも先にも、これだけだ。

 西武のエースは東尾修、広島の主砲は山本浩二。18・44mをはさんで、2人のベテランは思う存分「無言の会話」を楽しんだ。

 初戦、広島市民球場。先発の東尾は8回まで広島打線を完璧に封じ込んでいた。

 2対0。だが9回に入って精密機械に狂いが生じる。1死から3番・小早川毅彦に初球をライトスタンドに運ばれた。出会い頭の一発だった。

 ここで東尾は打席に4番の山本を迎える。年齢こそ山本が4つ上だが、同期入団ということもあり、2人は妙にウマが合った。

 振り返って、東尾は語る。

 「お互い地方球団の出身。オフには一緒によく遊びましたよ。ただシュートは遠慮せずに胸元に投げ込みましたけどね(笑)」

 初球、甘いスライダーがど真ん中に入った。これを山本は平然と見送った。実は打席に入る前から外のスライダー一本に狙いを定めていたのだ。