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奥村隆「息子と僕のアスペルガー物語」【第4回】
教科書を丸ごと脳にプリントする方法

奥村 隆 プロフィール

 今でも脳裡によみがえってくるのは、初めて登園した日の光景だ。先生に呼ばれ、教室の前にうつむき加減で立った僕の前で、何人かの子供たちが体育座りをして、紹介される僕をじっと見ている。皆が睨みつけてくる。意地悪そうな目で、攻撃的な目で。

 もちろん、意地悪ではない子もいただろう。しかし僕は、彼らの視線が怖くて怖くて、凍ったように立ちすくんでいた。そして、たどたどしく挨拶を終えるや否や、幼稚園の敷地を囲む塀を乗り越えて、脱兎のごとく走って逃げた。

 それ以来、僕には幼稚園に関する記憶がまったくない。誇張ではなく、本当に記憶が消えてしまっているのだ。園庭で遊んだ思い出も、クラスメートの思い出も、一切残っていない。

 昔のアルバムに貼られている幼稚園時代の写真は、団地の一室で、両親や祖父母と遊んでいる姿を撮ったものばかり。幼稚園の制服を着ている写真は、卒園式の日に、担任の先生らしき大人の女性と並んで撮ったものが数枚あるだけだ。写真の中の僕は、泣きべそをかいている。でも、泣いたことも、その先生のこともまったく覚えていない。

 

 母に言わせると、僕が人並みに喋れるようになったのは、幼稚園を卒園した頃、つまり小学校に入学する直前だったという。いったん言葉を話すようになると、それまでの分を取り返そうとするかのように、猛烈な勢いで喋り始めたそうだ。

 同時にこの頃、僕は、別の特殊な能力を発揮し始めた。前に述べた「フォトグラフィックメモリー」と呼ばれる記憶力である。

 小学校に入る頃、僕は、集中すれば、視覚で捉えた事象を画像として脳に焼きつけられるようになっていた。別に辛いことでも何でもなく、ごく自然にできた。この能力は年齢と共に向上し、小学校高学年のときにピークに達した。

 小学校5~6年生の頃の僕は、A4版のノートに書かれている言葉の羅列を1ページずつ、集中して3回読み返せば、一字一句まで完璧に記憶することができた。教科書も似たようなやり方で内容を記憶した。

 たとえば歴史の教科書を覚えようとするとき、僕はまず、教科書の最初の1ページを、大声を出しながら猛烈なスピードで3回読み、脳にプリントしていく。次に目を閉じて、脳に焼きつけたページの文章を、また大声で、最初の文字から最後の文字まで猛スピードで音読していく。これでプリント完了である。

 この作業を2ページ目以降も繰り返していく。そうやって全ページを覚えれば、教科書が丸ごと頭に入ることになる。