田中克郎 第2回 「鹿児島の薬剤師一家に生まれるも、兄弟でただひとり弁護士を目指して中央大学法学部へ」

島地 勝彦 プロフィール

田中 そうです。うちの一家は薬剤師が多くて、兄弟はぼくを除いて全員薬剤師です。薬局をやっているのもいれば、製薬会社に勤めていたのもいました。お陰さまでみんな元気に長生きしています。

シマジ どうして田中さんだけが弁護士になられたんですか?

田中 はじめは親父から、おまえも薬剤師になれと言われていたんですが、1人くらい変わった職業に就いてもいいだろう、と最後は認めてくれましたね。

シマジ 薬剤師になるのも大変でしょうけど、医者や弁護士になるのはもっと難関だったでしょう。

新聞記者にあこがれて速記部に

田中 ぼくのうちは東京に親戚がなかったので、神戸の親戚を頼って、進学校の神戸高校を目指すことにしました。まずは、神戸高校への入学率が高い神戸の上野中学校に2年生から編入しました。

シマジ 神戸高校は名門ですね。旧神戸一中ですよね。あの中学から、白洲次郎や今東光の弟の今日出海を輩出していますよね。

田中 はい、そうです。錚々たる人物が出た学校です。古くはソニーの創業者の井深大さんとか、新しくは今年のノーベル文学賞を惜しくも逸した村上春樹さんとか・・・。彼はぼくの3年後輩です。神戸一中には以前、受験熱心な優秀な校長先生がいまして、その先生が後年、灘中、灘高校を創設したんです。

シマジ 教育の世界も秀でた才能のある人が現れると、革命が起こるものなんですね。公立は文部科学省の締め付けが厳しいから、自由な私立校を創立したんでしょう。

田中 そうです。いまでも灘高は東大にたくさん優秀な学生を送り込んでいます。

シマジ 田中さんはそれからどうしたんですか?

田中 弁護士になりたくて中央大学法学部に入学しました。

シマジ 神戸高校から中央大学なら簡単に入れたでしょう。