ドラフト1位で入団しても誰もが輝けるわけではない プロ野球「戦力外通告」と「引退」「男たちがユニフォームを脱ぐ時」

フライデー プロフィール

「批判は仕方のないこと。これを乗り越えることができたら、器の大きい人間になれたかもしれませんが、そのまま来てしまった。気持ちをコントロールできなかったことには悔いが残っています」

 プロ通算16勝。この数字は先日、沢村賞投手となったソフトバンクホークス・攝津正の今年の勝ち星にも及ばない。

「できる可能性があるうちは続けたい。自分が野球をしている姿をもっと子供に見せたいという気持ちもあります。僕の中ではまだ中途半端なんです」

 長女は7歳、長男はもうすぐ6歳になる。子供たちは父親が職を失い、窮地に立たされていることを理解していない。トライアウトはすぐそこだ。

「周りから『能力はあるのに・・・・・・』とよく言われます。それがイヤなんです」

 では運がなかったのか。決してそうではない。プロの世界は能力と運をもってしても、結果が伴うとは限らない。それはいま一場が最もよく知っているはずだ。

評価と自信が乖離していった

山田秋親(34歳)投手  '99 年6月、日米大学野球選手権で力投する山田。この頃、自身最速の153㎞/hを記録し、評価をさらに高めた

 かつて、アマNo.1ピッチャーと呼ばれ、日本代表として臨んだシドニーオリンピックでは、巨人の阿部慎之助、杉内俊哉らとともに戦った山田秋親にも、クビが宣告された。2度目だった。

「この時期になると、電話が鳴り、『明日球団に来てください』と言われるのを恐れてビクビクしながら過ごすんです。クビになっても、他で勝負してやるという思いでしたが、やっぱり辛いですよね」

 室内練習場でそう話す山田は、「僕たちは13時からしか使えないんで」とひと言。ジャージ姿の山田の向こうでは、千葉ロッテの若きエース・唐川侑己が汗を流している。

「あっちのウエイトトレーニングのブースは現役で、こっちは、みんなクビです」

 同じ室内練習場に、チームの要として早くも来季を見据える者と、明日を見失った者が同居する。まさに光と影―。球場やテレビ中継からでは感じられない、独特な空気が流れる。これこそ、プロの厳しさというものなのだろう。

 一場と同様、山田のプロ野球生活には、〝過去の栄光〟がつきまとい続けた。

「実力だけの世界に飛び込むことに不安はありませんでした。こんなことになるなんて夢にも思っていませんでしたから。自分の手応え以上に高い評価をいただいて、その気になってしまったんです」