僕をパニックに陥れた言葉
説明を聞き終えると、僕は医師に礼を言って立ち上がった。そして長時間の診察が無事に終わってホッとした気持ちから、一言だけ医師に冗談を言ってみた。
「社会と軋轢を起こさない方法を息子に教えるのは、僕の方が先生より上手かもしれませんよ。僕もたぶんアスペルガーなので、息子の気持ちがわかりますから」
あくまでも冗談のつもりだった。ところが医師は、真顔でこう応じた。
「そうですね。ご自身がアスペルガーを克服した方法を息子さんにお話しするのは、すごくいい方法だと思いますよ」
あれっ? と思った。聞き間違いだろうか。医師の言い方だと、僕は本当にアスペルガーのように聞こえる。表情を窺ったが、彼にふざけている気配はみじんもなく、穏やかな視線を僕に向けている。
僕は椅子にもう一度座り直した。心臓の鼓動が激しくなってくるのがわかった。内心、「まさか・・・」と思いながら、おずおずと医師に聞いてみた。
「すいません、今のは冗談のつもりだったんですが。僕、ひょっとして、本当にアスペルガーなんですか?」
「可能性は十分にありますね。お話を聞く限り」
数秒間の沈黙が流れた。何かを言おうにも、言葉が出なかったのだ。それでもかろうじて、絞り出すようにして声を出し、もう一つだけ尋ねてみた。
「それって、マスコミなんかで最近よく取り上げられている『大人の発達障害』のことですか?」
「はい」
医師はあっさりと頷いた。
全身からどっと汗が流れ出した。心臓の鼓動は一段と激しくなった。
そうなのだ。息子だけではなく、僕も子供の頃から、予想していなかった出来事に対応するのが苦手なのである。確かに、息子も僕も発達障害であれば、同じようなことを苦手とするのは別に不思議でも何でもないのだが、このときはそんな思いを巡らす余裕はなかった。
僕は予想外の出来事に出くわすと、いつもパニックになり、汗が大量に出て気分が悪くなる。このときがまさにそうだった。おそらく顔色は真っ青になっていただろう。医師の前で立ち尽くしたまま、頭の中では「大人の発達障害」という文字がグルグル回っていた。