【第2回】はこちらをご覧ください。
息子の絵のどこに問題があるのか。再び緊張して待つ僕の前で、医師は息子が描いた子供の全身像の絵を手に取ると、こう説明を始めた。
「いいですか。息子さんが絵に描いた子供には、本来、人間にあるべきはずのものがないんです」
本来、あるべきはずのものがない?
「耳が描かれていないんです」
耳? そうか。言われて初めて気がついた。確かに息子が描いた子供には耳がない。
でも、耳のない子供の絵を描くのは息子だけだっけ? 考えてみると・・・。
「そう、さっきお父さんが描いた子供の絵にも、耳が描かれていないんです」
そう言いながら、医師は画用紙を差し出してきた。受け取って、改めて眺めてみる。中央には、息子が描いた子供の全身像。その余白には、僕が描いた子供の全身像。二人の子供には、共に耳がなかった。
今度は僕が唸る番だった。唸りながら、軽くショックを受けていることを自覚していた。
なぜ僕は耳を描かなかったのか? これまで耳を描いたことがあっただろうか? あれこれ記憶を掘り起こすうちに、僕は幼い頃から、落書きだろうが、高校の美術の課題だろうが、一度も人の耳を絵に描いたことがないような気がしてきた。