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奥村隆「息子と僕のアスペルガー物語」【第2回】フォトグラフィックメモリーの持ち主

奥村 隆 プロフィール

 ところが、息子の表情は急速に険しくなっていった。それに気づいた僕は、瞬間的に「しまった!」と後悔したが、もう後の祭りだ。

 本当は、僕は息子に「優しい先生だよ」と断定しなければならなかったのである。息子は「思う」という単語に含まれる曖昧さを絶対に見逃さない。

 「お父さん、『思う』っていったいどういうこと? 怖い先生かもしれないの? 注射される? 怒られたりするの?」

 「思う」という主観的な一言が加わっただけで、「優しい先生」が、正反対の意味の「怒る先生」へと変わってしまう。これこそが、息子独特の思考回路なのだ。初めての場所に行くときと同じように、自分の身に起きる最悪のシナリオを作りだして、怖がり始める。

最悪の事態を想像して、恐怖で動けなくなる

 こうなったら、なだめるのは至難の業だ。僕はやむなく、息子のお尻を押しながら診察室に入っていった。

 そして、穏やかな表情をした医師に息子を預けると、一人で診察室の外に出た。医師が「息子さんと一対一でじっくり話をしたい」と言ったからである。これから1時間以上かけて、息子のIQテストを行うとのことだった。

 

 僕たち親子を安心させようと思ったのだろう。医師は「お子さん一人でも大丈夫ですよ」と言葉をかけてくれたが、僕は内心、気が気ではなかった。

 息子は小学生になった今でも、僕や妻と離れて一人きりになるのを極端に嫌がる(学校だけはようやく慣れたようだが)。家で一人で留守番をすることなど、短時間でもできない。やはり、最悪の事態(強盗が家に侵入するなど)になることを想像し、恐怖で動けなくなってしまうのだ。

 以前、妻がたった5分間だけ近所に出て帰ってきたところ、息子が家の門の前にうずくまって、「もうお母さんは帰ってこない!」と大泣きしていたこともあった。妻は出かける前、「5分で戻るからね」と息子に声をかけていたにもかかわらず、である。

 そんな息子なので、これまでも病院で診察を受けるような場合は、必ず隣に僕か妻がいなければならなかった。彼ははたして一人で医師の診察を受けられるのか。いつ、「お父さ~ん」と泣き叫ぶ声が診察室の中から聞こえてくるかと、僕は不安にさいなまれながら待ち続けた。