三枝成彰 第4回 「『女にモテるためのクラシック講座』改め『教養のためのクラシック講座』いよいよ開催!」

島地 勝彦 プロフィール

シマジ 当時は、だいたい親の職業を踏襲していますよね。パン屋の子供はパン屋になり、大工の子は大工になっています。

三枝 そうです。だからバッハが作曲家になったのは、当たり前といえば当たり前なことなんです。ただ音楽一家のなかから、とんでもない大天才が生まれたというわけです。

 当時の音楽家は教会のオルガンを弾いて生計を立てていました。作曲家は教会の依頼か王侯貴族からの依頼で曲を作っていたんです。バッハもまたオルガン弾きの名手であり、作曲の職人だった。とくにバッハは職人気質で曲がったことが大嫌いな正直者。自分を高めるために努力を続ける大変な勉強家でもありました。

立木 まるでおれのことだな。

三枝 ところが本人には芸術家という意識はまったくなく、ただの職人だと思っていたようです。依頼主が誰であろうと、こういう曲を書いてくれ、といわれたら、依頼主を満足させるために喜んでベストを尽くしたわけです。またかれは、マルティン・ルター派(プロテスタント)の敬虔なるクリスチャンでもあった。

セオ そのころ日本はどんな時代だったのですか?

三枝 赤穂浪士の吉良邸討ち入りは、バッハがちょうど16歳のときの話です。赤穂藩家老大石内蔵助の息子の主税はバッハとほぼ同世代だったんです。

シマジ その辺の歴史的比較がさらさらと出てくるあたりは、"偉大なるミーハー"の面目躍如というところかな。

三枝 バッハは酒もタバコもコーヒーも嗜んだけど、モーツァルトと違って女との浮いた話は生涯一つもない。

セオ たしか「コーヒー・カンタータ」という愉しい曲がありますよね。

立木 まさにおれだな。

シマジ タッチャン、どさくさに紛れてウソをついちゃいけませんよ。いつでもどこでも神さまは天上界からみておられる。

セオ それはまさにぼくですよ。

シマジ お前ならそういえるかもな。