第8回 ヘンリー・フォード(その二)
農場用機関車の製造に挫折---
薪小屋にこもり自動車を生み出した

福田 和也

 デトロイト自由新聞に掲載した、A型フォードの広告は、その点、これまでの自動車にかかわる宣伝、広告とは著しく異なるものであった。

 フォードは、市電などの公共交通に依存する事の煩わしさを強調しながら云う―適度の投資をおこなって自動車を購入すれば、いつでも思い通りの場所へ赴く事が出来る、時は金なりというモットーを奉じながら、実際にその通りに働き、生活している人々は、ほとんどいないではないか―、と。

 みずからの持ち時間を勝手気ままに費やす事の出来る金持ちではなく、時間に追われる庶民、大衆こそが、自動車を必要としているし、まさしく自動車は、大衆にとっての、福音になるべき機械であった。

 A型は、実用を主体とした、世界で最初の大衆車だった。最初の年、A型は千七百八台売れた。

 現在の水準から見れば、ごくつましい売り上げだが、当時としては、驚天動地の、売り上げであった。

『週刊現代』2012年11月3日号より