第8回 ヘンリー・フォード(その二)
農場用機関車の製造に挫折---
薪小屋にこもり自動車を生み出した

福田 和也

 フォードが機関車に取り組んでいる間、ヨーロッパでは内燃機関が長足の進歩を画していた。

 ドイツのゴットリープ・ダイムラーは、一八八五年、ガソリンを燃料とするエンジンを完成させ、木製自転車に取り付けて路上を走行させた。

 そのほぼ同時期、カール・ベンツはガソリン・エンジンを搭載した三輪車を開発している。

金持ちではなく庶民こそが、自動車を必要としている

 一八九一年、フランスでパナールとルバッソールが、ダイムラーの機関を搭載した四輪の自動車を製作し、現在の自動車の原型を作りあげた。彼らの「自動車」は、四輪でチェーンを媒介した変速機を備えていた。

 アメリカでも、デュリア兄弟によって、ガソリン自動車が開発されている。

 

 この時期、フォードはディアボーンの農場を去り、デトロイト・エジソン社の技師になった。フォードの回顧譚によると、内燃機関の開発をするには電気系統の知識を身につけなければならない、と思ったからだという。

 エジソン社で働きつつ、フォードは薪小屋を作業場にして自動車の製作に取り組みつづけ、一八九六年の初夏、薪小屋で最初の一台―二気筒四サイクルのエンジンを備えている―が完成した。彼の「自動車」は、世間の注目は集めたものの、まだ「実験」の域を越えるものではなかった。

 一八九九年、投資家たちの出資---一万五千ドル―を得て、フォードは、デトロイト自動車会社を設立した。

自動車第一号を試作中 自動車第一号を 手探りで試作する、 フォードと妻のクララ。 デトロイト郊外のバークレーにて

 出資者たちとの関係は、はじめから波乱含みであった。当時、自動車は、実用品ではなく、むしろ贅沢品であり、富者が豪奢を誇示するための、新しく輝かしい、トロフィーのようなもの―スポーツ好きの金持ちのための、玩具―と、世間から見なされていた。

 だが、フォードにとっての自動車は、まったく異なったものだった。

 自動車とは、ヘンリー・フォードと同様の、つましい生活を送っている普通の人々の暮らしを拡大する、画期的な道具なのであった。

 一九〇三年、デトロイト自動車会社を離脱したフォードは、フォード自動車会社を設立した。