Close up 谷繁元信(中日)「24年間、プロの球を受け止め続けて」 野村克也、王貞治に次ぐ通算2753試合出場の記録を樹立

フライデー プロフィール

「プロに入ったころから、記録への関心はなかったですね。何試合出たいとか、ホームラン何本打ちたいとか思ったことはありませんでした。とにかく試合に出たい、レギュラーになりたい、みんなに認めてもらいたい。そういう気持ちでずっとやってきました。記録は一日一日の積み重ね。その日の試合を勝ちたい。捕手というのは個人の成績がよくても評価されない。逆にチームが勝てば、ノーヒットでも評価してもらえる。だからレギュラーでいるためには出た試合にとにかく勝ちたい。そんな気持ちでずっとやってきました」

 捕手は重労働と誰もがいう。谷繁の体験でも、8月、9月になると、試合の後半は握力が落ちるのがはっきりわかるという。シーズン中の疲れの蓄積が握力に表れるのだ。その厳しいポジションを守り続けるために、なにか特別な日課、秘密の練習などはあるのだろうか。

「ずっと続けていることはありませんね。同じことはしないのが自分のスタイルなんです。そのときどきの体の状態に応じて、必要だと思うトレーニング、練習をしてきました。『40代までやりたいから20代からこれをやり続ける』みたいなことはなかったですよ」

 ただ、トレーニング方法を意識するようになった転機はあった。

「横浜に入団して8年目。この年、ほぼフル出場してレギュラーになった。それはよかったんですが、シーズンが終わると体が悲鳴を上げました。疲れがたまって動けなくなったんです。まだ26歳ぐらいですよ。このまま何年かやったら、間違いなくぶっ壊れるなと思いましたね。それでトレーニング方法を変えました。それまであまりやっていなかったウエートトレーニングを取り入れ、3連戦のうち2試合はやるようにした。その間にトレーナーやインストラクターともいろいろ話をして自分なりの体作りのノウハウを摑んだ。3~4年続けましたかね。そういう練習をしなくても、あの年齢ならある程度は乗り切れた。でも、この年齢までやることは絶対できなかったでしょう」

 横浜で38年ぶりの日本一に貢献し、'02年にはFAで中日に移籍する。リーグを代表する捕手として、三顧の礼で迎えられた。実績も自負もある。それを揺すぶられる出来事があった。落合博満の監督就任だ。

「移籍2年目のオフ、落合さんが就任された。就任直後、新聞に今出ている選手も自分がレギュラーと思ってもらっちゃ困るみたいなコメントが出ていた。来年2月1日のキャンプ初日には紅白戦をやる。そこできっちり準備ができているか見せてもらうって。それを読んで、カチンと来た。よし、見とけよって」

 このオフ、2月1日のキャンプ初日に照準を合わせて緩めることなくトレーニングを続けた。例年よりもランニングの量を増やし、練習密度も濃くして紅白戦に臨んだ。

「今思えば、監督の手のひらの上で踊らされていたんですけどね」