山中伸弥の教授「青春フォト&爽快秘話」
ノーベル賞受賞に日本中が沸いた!

フライデー プロフィール

中学の生徒会で副会長!

 中学時代、生徒会役員の集合写真で微笑む副会長の山中教授(左から二人目)と会長の世耕氏(右隣)。当時の校内報『附中新聞』への寄稿文では、「執行部内での対立は、生徒議会以前に解決しておくべきだ」などと熱いメッセージ。現在の民主党、自民党幹部に読ませたい内容である。世耕氏によると「山中は、物事を突き詰めて考えるタイプでよく議論になった」という。


医学部での「ジャマナカ」時代

 神戸大学医学部時代に整形外科での臨床実習を受ける山中教授(後列右端)。それまで柔道で10回以上の骨折を経験し、在学中はスポーツ外傷の専門医を目指した。しかし、卒業後研修医となり、脊髄損傷など有効な治療法のない患者と接するうちに、「基礎研究」に傾いたという。手術が苦手で人の何倍も作業に時間がかかり、「邪魔中(ジャマナカ)」と呼ばれたのもこの頃。

「体育会系」の系譜

 中学・高校の6年間は柔道に打ち込んだ(写真左)。市大会3位の腕前を中学の卒業文集で「登録上初段、実力0.8段」と自虐的に振り返った。大学3年生からは授業で体験したラグビーに魅せられ、ラグビー部に入部(中写真)。社会人になると、マラソン。完走を約束して研究所への寄付を呼び掛ける活動を始め、今年3月には京都マラソンを完走(写真右)、ノーベル賞受賞後には1400万円を超えた。自己最高タイムは、4時間3分19秒。

「フライデー」2012年10月26日より