コミュニケーション能力の「ある人」と「ない人」【ビジネス篇】

『わかりあえないことから』著者・平田オリザ インタビュー

──たしかに、新卒採用の面接をしているある企業の社員から、「最近の学生は、質問を投げかけてもなかなか会話のキャッチボールが成立せず、一方通行で終わることが多い」といったエピソードを聞いたことがあります。

平田 しかし実際、多くの言語学者、社会学者に聞いても、彼らが良心的な研究者であればあるほど、「若者のコミュニケーション能力が下がった」というような学問的な統計は出してきません。

 だからといって、演劇教育に携わっている僕も中高年の一人として、中高年の管理職の人たちが、若者のコミュニケーションについて、物足りなく思う気持ちもわからなくもありません。

 両方とも悪くないのにうまくいかないというのは、世の中にはよくあることで、それはたいていの場合、システムや環境に欠陥があったり、誤解に基づいていたりすることが多いと思うんです。近年、ビジネスの世界では、ロジカル・シンキング、クリティカル・シンキング、グローバル・コミュニケーション・スキルといったキーワードが盛んに喧伝されている中、はたしてそれだけで大丈夫なのかという、劇作家としての直感もありました。では、何が問題で、どうすればいいのか―。そんなことを考えながら、つらつらと書き進めたのが、今回の本なのです。

僕たちの価値観は「普遍的な価値観」ではない

──多くの管理職の人たちが「近頃の若者にコミュニケーション能力がない」「若手社員が何を考えているかわからない」というのは、なぜだと思いますが。

平田 そもそも、若者のコミュニケーション能力が低いのではなくて、彼らにはスタンドプレーをしてまで、他人とコミュニケーションをとろうとする強い欲求がない、あるいはあまり必要性を感じていない、というのが実態です。要するに、いまの若い子たちは、人を押しのけてまで何かをするというところがないのです。

 たとえば、昔は演劇のワークショップでもゲーム性を高めると競争心が働き、子どもたちはみんな頑張って取り組んだ。ところが、いまはゲーム性を高めると、勝って目立ってしまうので、そのことを嫌がり、かえって一生懸命やろうとせず、斜に構える子がいます。

 かといって、能面のようなのっぺりとした若者ばかりかというと、そうでもない。いちばん力を発揮するのは、共同作業で成功したときです。ですから、個別に競わせるのではなくて、集団で競わせると、みんなで力をあわせるし、ものすごく頑張る。