「最近、部下の考えていることがよくわからない」。日中、オフィスにいて、そんな思いを抱いたことはありませんか。また、家に帰れば帰ったで、「子どもの気持ちがまるでわからない」なんて悩みを、実は抱いているのではありませんか。そうした問題はなぜ起こるのか。このたび、『わかりあえないことから―コミュニケーション能力とは何か』(9月18日発売)を刊行した著者・平田オリザ氏に、その背景と原因を聞きました。
──今回の本は、ちまたに溢れるコミュニケーション論への疑問から書き出してみた、とのことですが、具体的にはどんな疑問を抱いていたのでしょうか。
平田 僕は仕事柄、大企業の管理職や新入社員向けの研修に、講師として呼ばれることが多くあるのですが、そこで聞かされるのは、たいていが愚痴ばかりです。いわく、「近頃の若者はコミュニケーション能力がない」「彼らが何を考えているのかわからない」「新人社員が会議で意見をいわない」といった具合です。
また、現代の若者たちのコミュニケーション問題について、マスコミからインタビューを受けることもよくあるのですが、多くのメディアが「いまどきの若者のコミュニケーション能力は危機に瀕している」とか「子どもたちのコミュニケーション能力が急速に低下している」といったセンセーショナルな報道をしたがります。
一方で、僕は現在、大阪大学において、コミュニケーション教育に携わっています。通常、講師としてあちこちの現場に呼ばれる場合、企業なら企業だけ、学校なら学校だけというように、どちらかに偏ってしまうことが多いようですが、僕の場合、それこそ中高年のビジネスマンから就活生、あるいは小中学生まで、本当に幅広い層のみなさんに会うことができるという特殊な立場にあります。
そんな僕からすると、いまの世の中で危惧されているほど、いまの若者たち、つまり大学生や大学院生のコミュニケーション能力が低いとは決して思えません。なのに、なぜ管理職の人たちやメディアは、そこまで若者のコミュニケーション能力を問題視するのか。そもそも、コミュニケーション能力とは何なのか―そうした違和感や疑問が僕の中にあったのです。