平川 今度もノーベル賞もらえなかったね。
内田 がっかりしちゃったよ。来年に期待しましょう。
平川 これだけ日本人の言説が劣化するなかで、村上春樹には「最後の砦」という感があったからね。
内田 悪貨が良貨を駆逐し果てたあと、最後に駆逐されず残った良貨が村上春樹だからね。彼がノーベル賞を受賞すればその砦が守られたんだけど。
平川 まあ、村上春樹の擁護者ということでは内田くんが日本の筆頭だから、今日は賞を逃したことにめげず、村上春樹さんが世界で愛される理由を改めて探っていきたいと思います。
まず最初に、日本の現代作家の中でなぜ、村上春樹だけが世界性を獲得することができたのか。
内田 前に大学で、「日本の文学作品をフランス語に訳した場合、どういう誤訳が出るか」ということを授業でやったことがあるんだよ。両国の文化的な差異を検出しようと思って。何人かの作家のものを試みたんだけど、誤訳が多かったのが太宰治。
平川 太宰はほとんどが反語だからね(笑)。
内田 「子供より親が大事、と思いたい」(『桜桃』の冒頭部分)だからね。「思いたい」というのは「思ってない」ということでしょ。「死なうと思つてゐた」は「死にたくない」ということでしょ(笑)。