プロ野球深層レポート これが「野村克也ノート」の核心だ
巨人の橋上秀樹コーチ、日ハムの栗山英樹監督、ヤクルトの小川淳司監督みんなあの人の教えを受けていた

週刊現代 プロフィール

 かつて野村氏は、「主役なき組織は、絶対生きない」

 と語った。それと同時に、「4番は育てられない」とも明言している。

 しかし栗山監督は、「中田翔を4番に育てる」と、周囲にも本人にも言い続けた。

「野村監督も『中心なき組織は機能しない』というのが信条だった。投手陣は、岡林洋一、川崎憲次郎、石井一久ら、エースの系譜を途切れさせなかった。でも野村さんはヤクルト時代、誰も4番に定着させられなかった。広澤克実は大卒の即戦力。あとはオマリーや、ミューレンのような外国人選手に頼った」(前出・記者)

 栗山監督は、野村氏にはなかった選手との直接的なコミュニケーションを駆使して、リーグ優勝を果たした。そして次は中田を育て上げ、解説者時代に徹底的に研究した「野村の教え」に、さらなるプラスαを加えようとしている。

 土壇場でCS出場を決めた「ID野球」の発祥地、ヤクルトには小川淳司監督をはじめ、池山に荒木大輔ら、野村氏から薫陶を受けた面々がコーチ陣に揃う。

 今季のヤクルトは、苦しい日々が続いた。開幕戦のスタメン9人の中で故障による離脱をしていないのは田中浩康だけ。スタメンは毎日のように入れ替え。9月に入ってようやく立て直し、最終的には3位と、帳尻を合わせてきた。

「控え選手、つまり主力になれない選手というのは、はじめから能力が足りないんですよ。でもうちの選手は常に『準備』しているから、代わりの選手が出ても、何とか穴を埋められる。それは野村監督時代に植え付けられた財産だよね」

 ヤクルトの伊勢孝夫総合コーチは語る。野村監督政権下のヤクルトで、打撃コーチとして2度の日本一に貢献した伊勢コーチに、巨人独走とヤクルトOBである橋上コーチの関係を問うと、こんな答えが返って来た。

「巨人は橋上が来て変わったんじゃない。変わらないといけない時期に、橋上を用意できたという、編成のファインプレーだよ。ちょっと遅いくらいだけどね」

 伊勢コーチは、'07年まで巨人でスコアラーと打撃コーチ補佐を務めた。

「巨人時代、ゲーム前のミーティングを黙って聞いていたけど、大概おおざっぱに『こんな感じで』で、終わり。『これがミーティングか』と心配だった。補佐職の立場では滅多なことが言えなかったんだけど、さすがに辞める時、清武球団代表(当時)に、『このままだと、いずれ由伸や小笠原、阿部なんかが年齢を重ねるうちに途端にガタがくるよ』と伝えたんです」

 その後橋上コーチが招聘されたことからも、巨人が「野村の教え」を必要としていた事実が窺い知れる。