プロ野球 引退するスター選手たち「あの頃、君は細かった」

フライデー

「2年目のオフだったでしょうか。金本が『お願いします』と頭を下げたのが、畝龍実さんという左サイドスローの投手です。変則フォームなうえ、畝さんはノーコンです。投球は安定せず、金本の身体には青あざが絶えませんでした。でも最も打ちづらい変則投手を毎日相手にすることで、金本は左ピッチャーへの苦手意識を克服した。こうして3年目に、レギュラーを獲得したんです」(達川氏)

 酒もたまには飲むが、夜10時には必ず帰り痛飲することはなかった。新人の頃から栄養士に話を聞き、一日7時間以上の睡眠を取り、カネをかけてでもバランスの良い食事を摂るよう心がけていたという。達川氏が振り返る。

「金本が入団直後から口にしていた言葉を、今でもよく覚えています。『人と同じことをしていてはダメ。人と違うことをしないと、一流にはなれない』と」

 金本はこの言葉を実践し、20年間にわたりプロの第一線で活躍したのである。

小久保裕紀(ダイエー▼巨人▼ソフトバンク)
ベテラン秋山幸二が渡した1本のバット

 青山学院大の学生の頃から本の虫で、授業中に寝たことも宿題を忘れたこともないという小久保裕紀(40)は、野球に対する姿勢も1年目からストイックだった。

 野球専門誌のライターが語る。

「高知での春のキャンプから、小久保は人一倍練習に励んでいました。ただ彼は、積極的に先輩に話しかけるようなタイプではない。傍から見ていると、周囲との関係を拒絶するように黙々と練習していました。この小久保の性格を心配していたのが、当時の高畠(導宏)打撃コーチです。『真面目なのはいいことだが、小久保は自分のやり方にこだわり、周囲を見ようとしない。打撃技術だけでなく、食事や睡眠、オフの過ごし方など、すべての面で良い影響を与えられる身近なお手本がいてほしい』と話していました」

 キャンプ中のある日、いつものように室内練習場で黙々とバッティングマシーンに向かう小久保の姿を、じっと見つめている人物がいた。小久保がダイエーに入団したのと同時に、西武から移籍してきた秋山幸二である。

「秋山はバットのグリップに顎を乗せ、小久保が打ち終わるまで黙って見ていました。そしてすべての球を打ち終えた小久保が周囲に散らばったボールを集め始めると、秋山はそっと近づいて、手伝ったのです。集め終えると小久保のバットを持って2〜3回素振りし、何かアドバイスしていました。当時の秋山は本塁打王も盗塁王も獲ったことのある、14年目のベテランです。大学から入団したばかりの小久保にとって、雲の上の存在でしょう。その秋山が自ら歩み寄ってアドバイスをくれたのです。小久保は、緊張気味に『はい、はい』と頷いていました」

 こう明かす前出のライターは、さらに驚くべき光景を目にしたという。

「秋山は、自分のバットを小久保に渡したのです。尊敬すべき大先輩からバットを渡され、それまで険しかった小久保の表情が一気に輝くのが分かりました。この話を聞いた高畠コーチは、後で私たちにこう話しています。『さすが秋山だな。これで小久保も一皮剥けるだろう』と」