三枝成彰 第2回 「東日本大震災で親を失った子どもたちの夢をかなえる力になりたいと立ち上げた『3.11塾』」

島地 勝彦 プロフィール

セオ 三枝さんは何回も被災地に足を運んでいるそうですね。

三枝 はい。いまは特攻隊のオペラの作曲に追われて身動きが取れませんが、それが片づいたらまた被災地を訪ねて、何が欲しいのか、何が必要なのか、子どもたちにもっともっとヒアリングしてこようと思っています。

 でも岩手は広いですね。一関や花巻や盛岡までは新幹線で2,3時間で行けるけど、それからクルマでさらに2,3時間かかる。宮古も釜石も大船戸も気仙沼も遠いんです。日帰りで行くと、こちらを朝早く出発しても帰ってくるのは夜の11時過ぎになってしまいます。

立木 シマジは一関に子どものころ住んでいたから、その辺はわかるだろう 。

シマジ むかし一関から宮古にクルマで遊びに行って驚いたことがある。カーナビもない時代でしたが、3時間くらいで着くだろうと思って10時ごろ出発したら、着いたのは夕方でした。

 花巻までは高速道路でスイスイと行ったんですが、当時はそこから細いくねくねした山道を走らなければいけなかったんです。

三枝 岩手は四国四県を合わせたより広いそうですね。

シマジ そうなんです。海岸はリアス式で美しいのですが、それが津波をより大きくする要因になってしまったんです。

セオ 三枝さんたちは具体的にどんな活動をなさってるんですか?

三枝 たとえば、あの日までお父さんとよくキャッチボールをやっていた子がいます。お父さんは不幸にして津波に呑まれてお亡くなりになり、キャッチボールをする相手がいなくなった。その子に週に1度一緒にキャッチボールをする相手を見つけてあげました。

 ピアノを教えてくれていた母親とピアノが津波で流されてしまった中学2年生の女の子には、ある方のご厚意でいただいたピアノを贈って、ピアノの先生を見つけてあげて、レッスンを再開しました。また全日本少年少女レスリング選抜大会で準優勝した少年には、ぼくたちと協力関係にある方が手配して下さって、ロンドンオリンピックを観戦させてあげたりしました。