ノーベル賞受賞者晩餐会が開かれるスウェーデンのストックホルム市庁舎 Photo by Getty Images

望月新一氏は「16歳で開花」 ノーベル賞に手が届く日本の天才たち

週現スペシャル「ニッポンの頭脳」

スポーツばかりやっていた、塾には行っていなかった、才能の開花は16歳……。常人には計り知れない能力を持ちながら誇るでもなく、偉ぶるでもない。そんな真の天才たちの素顔をご紹介しよう。

とにかく負けず嫌い

世界の頭脳を顕彰する最高峰の賞、ノーベル賞。毎年秋に発表が行われるが、2012年も10月8日の生理学・医学賞を皮切りに物理学、化学、経済学、文学などで世界に認められた研究者・作家が栄誉に輝く。

実はいま、日本にもこの世界的な賞を「いつ受賞してもおかしくない」とされる天才たちがいる。彼らはいったい、どのような人々なのだろうか。

 

「山中が勉強しているのは見たことがないですね。部活は柔道部でしたが、高校の授業でやって以来、ラグビーにはまっていて大学の入試前日も校庭にいた。後輩が『明日、試験じゃないんですか』と言うと、『そうなんだよ』とか答えて、翌日試験を受けてスパッと合格したんですよ」

中高の同級生についてこう語るのは、自民党参議院議員の世耕弘成氏。「山中」とは、ノーベル賞にもっとも近いと言われている京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥教授(50歳)だ。

「物事の本質を議論するのが好きでしたね。中学のとき、僕が生徒会長で彼が副会長だった。文化祭の準備のとき、僕は政治家気質で段取りをしていたんですが、山中は『そもそも文化祭というのはなぜやるんだ?』というんです(笑)。

あと、すごく負けず嫌い。去年の同窓会でボディビル好きと腕相撲好きのやつが腕相撲勝負をしていたら、『俺もやる』と挑戦した。もちろん負けたんですが、『うーん』とうなっているんですね。『研究で忙しいんだから、腕相撲の練習にまで夢中になるなよ』と言ったくらいですよ」

そんな山中教授が、皮膚の細胞や血液をもとに作り出したのは、神経や内臓、骨などあらゆる組織の細胞に分化できる万能細胞=iPS細胞。これまで治療の難しかった難病や老化に対する再生医療などの可能性を切りひらいた。

山中教授とともに長年、研究を続けてきた同研究所の高橋和利講師(34歳)は、その人柄をこう語る。

「山中先生は、僕にとって12年間、ほぼ毎日一緒にいる、言ってみたら第二のお父さんのような人です。10年、20年、結果がでなくてもおかしくなかったiPS細胞の研究に取り組む最初のときにも、『俺がその間、ずっと雇ってやるから』と背中を押してくれました」

研究へのストイックさもある一方、意外なお茶目さもあると高橋講師は話す。

「僕が3000人ほどの前でiPS細胞についてスピーチをする機会があり、緊張していたら、山中先生が打ち合わせに早く来てくれとおっしゃる。何の話かと思ったら、『どのようなスピーチをしたら観衆を爆笑させられるか』を教えてくださったこともあります」

米国に本社を置く情報企業トムソン・ロイターは、「ノーベル賞予想」とも言われる賞を'02年から発表している。世界的に注目され、他の研究者に論文が引用された回数が多い科学者に与えられる「トムソン・ロイター引用栄誉賞」だ。

この賞に昨年、輝いたのが、東北大学電気通信研究所教授で、省エネルギー・スピントロニクス集積化システムセンター長の大野英男氏(57歳)だ。