週現スペシャル 涙なしでは読めません 名医が明かした「私が患者についたウソ」 ---「真実」が患者を救うとは限らないから

週刊現代 プロフィール

「通院してきても黙って抗がん剤の注射を受けるだけ。メガネ越しに不満げな視線をちらっと送り、『来週も来るんだよ』と言っても『ああ』と一言。すぐ目を伏せて無言で帰っていくという連続でした。そのうち、どんどん病状が悪化して、投げやりになってきた。予約した日に来ないということもありました」

 青年の家に電話を入れたりもしたが、「治療を受けろ」と強く言うことは、森医師にはできなかった。その言葉の空しさを熟知していたからだ。

「病名は告知していなかった。でも本人も、もう治らないということは分かっていたはずです。当時は、抗がん剤の有効率も低く、効く可能性は15%という状況。副作用が出て気持ちが悪くなるのに、病気はよくなるどころか悪化する一方。それを思うと苦しかった。

 まだ二十歳にもならない青年に対して、これからの話をしてやれないのです。『昨日のご飯はおいしかったか』とか『学校は楽しいか』とかいった言葉しか思いつきません。そんなとき、医師の口から嘘が出てくる。『よくなるかもしれないから頑張ろうね』、私はそう言いました。本当はよくなるはずがない。でも、嘘をつく以外にこの患者にかけられる言葉はなかったんです」

 その年の秋には肝臓転移による黄疸が出た。日に日に衰弱していく青年にかける言葉はどんどん減っていき、青年も声をかけても何の反応も示さず、黙って天井を見上げる日々が続いた。そうして、「なんとか二十歳の誕生日までは」という両親の最後の願いをかろうじてかなえたのちに、青年は無言のまま旅立った。

「がんで死に瀕する経験は人生で1回限りであって、その当事者である患者以外は、医者を含めて誰も体験したことがない。その意味では、実際に経験したことのない人間が何を言っても嘘になるんです。

 医者というのは治してなんぼ、癒やしてなんぼの世界。私はまずその意味での医者でありたいと考えてきました。治るがんであれ、治らないがんであれ、生きている限り、その人に『いい時間』をあげたい。そう願うばかりです」(森医師)

 現在の医療の常識からすれば、医者が嘘をつくことは、ほめられたことではないかもしれない。けれど、本当の意味で患者を救いたいという気持ちがあれば、すべてを患者に告げることだけが唯一の道ではないだろう。「真実」がつねに患者を救うとは限らない。そこに思いを馳せられるがゆえに、苦悩しながらも患者に「嘘」をついた医師。そんな彼らを「嘘つき」とは決して呼べないだろう。

「週刊現代」2012年10月6日号より