週現スペシャル 涙なしでは読めません 名医が明かした「私が患者についたウソ」 ---「真実」が患者を救うとは限らないから

週刊現代 プロフィール

 今までのボケはぜんぶ演技だと言う。理由を聞くと、こう話した。

「私も娘も腹にしまっておけない性格だから、すぐに衝突するの。それじゃうまくいかないから、ボケたふりをするわけよ。そうしたら娘も口げんかを諦めるから都合がいいの。ときには娘が優しくしてくれるしね。でも先生、これは内緒よ」

 以来、平野医師はケイさんの「嘘」に乗り、家族の前では彼女はボケているという設定で対応することにした。そうすることで、娘さんとの口論はいつも最後には笑いに変わった。

 だが、90歳を超しているケイさんは、徐々に歳相応の本当のボケが始まり、体力も急速に衰弱していった。そしてあるとき容態が急変。そのまま永眠となった。

 娘家族が駆けつけ、口げんかの絶えなかった娘さんは、大声で泣き崩れた。

「最後は演技ではなく、本当に認知症が進んでらっしゃいましたが、意識がしっかりしているときに書いたであろう、カタカナばかりの遺書のようなものが出てきました。そこには、娘さんや家族に向けて、〈オ世話ヲカケマシタ。母ハ嬉シカッタヨ。本当ニ、アリガト。私ハ幸セ者デシタ〉と書かれてあったんです」

ときに真実は希望を打ち砕く

 ケイさんが実はボケたふりをしていたということは、最後まで家族に伝えられることはなかった。ともすれば、家族間に深刻な衝突と亀裂を生む介護生活だが、「嘘」があったから、相手を許すことができた。ケイさんたち家族にとって、平野医師のついた「嘘」が救いになったのは間違いない。

 前出の森医師は、20年ほど前に苦い経験がある。若年性の大腸がんで、20歳の若さで世を去った青年。奇しくも、森医師の長男と同じ年齢、誕生日も2週間と違わなかった。

「紹介されて私のところに来たのが高校3年のときです。がんはすでに広範囲に広がっており、主要な血管の中にがんの塊が詰まっている状態でした」

 技術の限りを尽くして、見える範囲すべてのがんを取り除き、手術は成功に終わった。けれども、ステージⅣbという末期がんで、助かる可能性はゼロに近かった。

「手術直後には『しっかりご飯を食べて、早く動けるようになるんだよ』と声をかけました。これから半年生きられるかどうかという状態でしたが、この子にとっての『いい時間』を少しでも長引かせられるかもしれない。時間は限られてはいても、まだ『明日』に対する希望があったからです」

 各種の抗がん剤治療を受けながら、青年は高校を卒業し、専門学校に通い、就職も決まった。けれども病魔は、刻一刻と若い肉体を蝕んでいった。