本誌でしか読めない「日本の大金持ち」シリーズ番外編 女でも大富豪その儲け方を大公開

週刊現代 プロフィール

 海外化粧品の輸入販売を手がける専門商社、エル・インターナショナルの創業者であるレイコ・B・リスター氏(78歳)も、華やかな経歴とは裏腹に、女性ならではの波乱に満ちた人生を送ってきた。

 東京・中野の比較的裕福な家庭に育つが、'45年5月25日の東京大空襲で、家も財産もすべて焼失した。

「想定していた大学進学を戦争の影響で断念し、自立する必要を痛感しました。そのためには武器が必要。特技の英語に磨きをかけることにしました」

 社会人生活の第一歩は、横須賀米軍基地での秘書のアルバイトだった。撮影で来日したマーロン・ブランドの専属通訳も務め、その縁でモデルや女優としても活動した。そして23歳で海兵隊の将校と結婚して家庭に入り、娘が生まれた。

「非常に恵まれた生活でしたが、心が満たされることはなかった。日に日に社会との接点を求める思いが強くなっていきました」

 26歳で一念発起、マックスファクター日本支社の翻訳スタッフとして働き始める。これが、リスター氏と化粧品の出会いだった。仕事ぶりが評価され販売や宣伝も任されるようになる。32歳でファイザーにヘッドハントされ、マーケティング部長に昇進した。

「マーケティングという仕事は当時の日本で未知の分野で、また30代前半の女性が上級管理職に就くのも異例でした。だから人の3倍努力することに決めた」

 会社員として成功を収めたリスター氏だったが、ここで劇的な決断をする。離婚して人生をやり直すため35歳で単身渡米したのだ。

「離婚を希望したが夫が同意してくれない。そこで住民になれば相手の同意がなくても離婚できる米ネバダ州に移住したんです。離婚のためにキャリアも恵まれた生活もすべて捨てた。離婚は成立したけど、ゼロからのスタート。でもそれが私を奮い立たせた」

 エスティ・ローダー、資生堂、レブロンを経て、42歳でオルラーヌ・ジャポン社長に就任する。そして'79年、独立してエル・インターナショナルを設立した。

 安住を求めない人生を送ってきたリスター氏の金銭哲学はこうだ。

「お金を貯める気はありません。お金は社会の中で循環すべきもの。仕事をして儲けるのはいいけど、稼いだお金を滞留させるのは社会にとってマイナスです。使えばいいんです、自分のためにも他人のためにも、そして社会のためにも」

お店が放火された!

 逆境に強いのも女性の大富豪の特徴かもしれない。