羽佐間正雄 第4回 「稀代の左腕、金田正一の剛速球がミットを持たないぼくに「ビシッ!」と決まった瞬間」

島地 勝彦 プロフィール

シマジ 常勝だった巨人に、新聞記者たちは毎日、「今日も巨人が勝ちました」と似たような記事を書くからうんざりしていたそうですね。

羽佐間 そうなんです。不思議といえば不思議なことです。巨人が強すぎるとプロ野球はつまらないという声が拡がりはじめたころで、V6を達成した川上が突然辞任を申し出た。「身を切る思いで戦ってるのに『勝ちすぎてつまらない』などといわれてはこれ以上気力が湧かない」というのが川上の言い分だったのでしょう。

 これはマスコミに対する強烈な一撃だった。驚いた当時の球団社長の務臺光雄が早々に川上の自宅を訪れた。さすがに不動の構えの川上も驚き動揺したらしい。「何を勘違いしとるのかね。勝ちなさい。勝ちまくりなさい。勝利に遠慮はいらんだろう」と、のちに読売新聞の社長になった"販売の神様"務臺は川上を説得した。まあ、辞任騒動はそれで決着がついたんです。

シマジ さすがに務臺光雄は説得力がありますね。人間の器が違います。

羽佐間 果たして管理野球といわれた川上野球はそんなにつまらなかったのか。V9時代、実況席から見ていたぼくの実感では、本拠地の後楽園球場はいつも超満員でした。地方の球場でも巨人がくれば観客がスタンドを埋め尽くしていましたからね。

立木 マスコミ関係者だけが川上の脇が締まりすぎていて、記事になりにくいと思ったんじゃないですか?

羽佐間 川上は現役当時の監督だった三原修の言動をつぶさに見ていた。その結果、「自分には三原さんのような魔術師の真似はとてもできない。たとえ泥臭いといわれようと、本音を持って地道に積み重ねていこう」と誓っていたようです。

立木 川上は石橋を叩いてもなお渡らない監督として有名でしたからね。