『水戸黄門「漫遊」考』 著者:金 文京
~水戸黄門の印籠~

 この印籠の趣向は、当初、TBS内部でも、あまりにも子供じみていると不評であったらしいが、これを積極的に推したのは、スポンサーの松下幸之助であったという。松下幸之助は若い頃、おそらく立川文庫などの講談速記本によって、水戸黄門漫遊譚に親しんでいたのであろう。

 また熱心な神道信者として、同じく神道を尊崇した徳川光圀に私淑していたらしい。松下幸之助は、テレビの『水戸黄門』だけでなく、全国の神道資料を集めた『神道大系』のスポンサーでもあった。それではテレビドラマで初めてあらわれた印籠の趣向と、その同類である中国、韓国の話とは、いったいどういう関係にあるのだろうか。

 筆者がはじめて水戸黄門を知ったのは、子供の時に見た映画によってであった。黄門に扮したのが誰であったか、記憶が定かでないが、後になって考えてみると、どうやら月形龍之介であったらしい。その後のテレビドラマも、むろん時々は見ている。そのうちいつのころからか、このデタラメな話に興味をもつようになり、折に触れては資料を集め、一九九九年、とうとう『水戸黄門「漫遊」考』という本を変名で出してしまった。

 このたびそれが講談社学術文庫に再録されるに当たり、変名をやめて本名を明かしたが、むろん出すべき印籠などは持ち合わせていないので、おそれいったか、などと言うつもりは毛頭ない。テレビの方は昨年末でとうとう最終回となってしまった。その代わりに楽しく読んでいただければ幸いである。

(きん・ぶんきょう 京都大学教授、中国文学)


『水戸黄門「漫遊」考』
著者:金 文京
講談社学術文庫 / 定価1,208円(税込み)

金 文京(きん・ぶんきょう)
1952年、東京都生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程修了。京都大学人文科学研究所教授。専攻は中国文学。著書に『中国小説選』『教養のための中国語』『三国志演義の世界』『三国志の世界』『漢文と東アジア』(角川財団学芸賞受賞作)『能と京劇』『李白』などのほか、訳書に『老乞大』(共訳)などがある。