撮影:立木義浩
元NHKの名スポーツアナウンサーの羽佐間正雄は80歳のイケメンである。そのうえ天性の美声の持ち主だ。今年の夏、ロンドンオリンピックの中継を家のTVで見ながら、思わず自分で"実況放送"してしまったそうだ。そばで聞き惚れていた賢夫人がいった。「あなたの時代の人は日本語のボキャブラリーが豊富だったわね」
当然のことである。いまのスポーツアナとはわけがちがう。教養という大きな袋を携えながら、いままで数々の名実況放送をやってきた。オリンピックの実況は冬季オリンピックを入れるとなんと11回に及ぶ。
羽佐間正雄にいわせると、究極の実況放送は陸上の100メートルだそうだ。ただ感性のままに伝える無我の境地だという。いま100メートルの記録は10秒を切る。あっという間の競技の中で、聞く人々の脳みそに入り込み、感動を与えるのは至難の業だ。ソウルオリンピックのとき羽佐間正雄は、アメリカのカール・ルイスと実力が拮抗するカナダのベン・ジョンソンがスターティング・ブロックに入った瞬時を捉えて見事に描写した。
「筋肉の塊、ベン・ジョンソン」これが大受けした。翌日のスポーツ新聞はこのレトリックをみんなでリピートした。果たせるかな、3日後、この"筋肉の塊"はドーピングにひっかかって失格になった。数々の栄光の実況放送の実力が讃えられて羽佐間正雄は、アメリカで栄えあるスポーツアナウンサーの殿堂入りを果たした。これは日本人でただ1人の偉業である。
そして、また羽佐間は稀代のユーモリストであり名文家である。久しぶりにネスプレッソブレークタイム@カフェ・ド・シマジに大爆笑がこだました。
羽佐間 シマちゃんに、当時92歳でもまだお元気だった志村正順さんと会ってもらってよかったとつくづく思うね。