第二に、本物の海外ファンドは、金融庁に登録された投資助言会社を通じて、日本から直接買えます。したがって、海外口座を開設しに、わざわざ渡航する必要はありません。にもかかわらず、海外口座開設ツアーを斡旋する業者は・節税幻想・を餌に新富裕層を香港などに連れ出した上で、詐欺的な投資商品を買わせています。このような業者は金融庁に登録されていない無登録業者で、違法な闇業者です。弊社のところに相談にきた方の中には、香港で5億円という規模でダマされた人もいます」
実際に詐欺被害に遭った人の話を聞こう。美容整形業で財をなした医師(40代)が語る。
「香港の外資系金融機関に口座を開き、優良ファンドを買って節税と資産運用の二兎を追おうとしたのがよくなかった。英語が得意でなかったので、ネットで調べて、まず香港在住の日本人投資コンサルタントと連絡をつけ、現地に足を運んだんです。すると、ほとんど軟禁のような状態でさまざまな書類にサインさせられ、きちんとした金融商品と抱き合わせで、絶対に儲からない金融商品を掴まされていたことが、後に分かりました。欲をかいて、結局、数百万円の損です。高い授業料を払いました」
金持ちであっても、金に目が眩んで詐欺に引っかかる。自業自得というしかないが、一方で、節税などに悩むべきではないと言い切る大金持ちもいる。
徳島を拠点に学校法人やゴルフ場、医療施設と幅広く事業を展開し、年間総売上高85億円という一大企業群を築き上げたタカガワグループ創業者の高川晶氏は、相続について一家言を持つ。
「資産は身内が継承すべきものという考え方もありますが、私はお金を遺すより、ビジネスの厳しさと喜びを教えることのほうが重要で、それが本当の相続だと思っています。私のビジネスの拠点は家族です。だから彼らには、経営のマニュアル、意識、人間関係を継承させます。これらには税金はかかりません」
だからといって、税金を惜しむわけではない。
「相続税を払うことは、所得税以上に価値があるものだと思います。たとえ3割を払っても、会社は潰れません。相続税は当たり前のこと。社会貢献などと言っておきながら、いざ相続という段になると節税のために知恵を絞るのはどうかと思います。富裕層と呼ばれる人は、相続税に対してせこくなるべきではない。相続税を20億、30億円払ったということは、その企業の最終的な通信簿なんです。一族はそれを誇りとして、その後の経済活動に生かすべきです」
事業の成功は自分一人の手柄ではない。地域の支えがあってこそだから、相続税を支払って社会貢献するのも当然。そう考える高川氏に、持てる者の悩みはないのか。
「証券会社や保険会社のしつこい売り込みが悩みといえば悩みですね。寄付のお願いもそうです。政党への寄付金のお願いなど、政党を問わず政治がらみの要請は後をたちません。でも私は、故郷への寄付はかまわないけれど、政治がらみはすべてお断りしています。すると会社や自宅を見た人から、『あんなに儲けているのに寄付をケチる』と文句を言われます。あらぬ誤解を受けることが悩みかもしれません」
自ら資産を創った創業者には、高川氏のように迷いが少なく、ブレない人物が多い。けれども濡れ手で粟で財を受け継いだ人の中には、人生の目的を見失う者もいる。
千葉県で手広く事業を行って十数億円の資産を遺した、ある実業家の一人息子(35歳)のケースがそれだ。
「父は生前、『もう(会社は)先がないから俺の代でおしまいにしてくれ』と言っていました。それで、父の死後、遺言どおり会社を処分しました。相続税を支払っても、キャッシュで十数億円の遺産があったので、死ぬまで食べるのに困りません。独身で養うべき家族もないし、働かなくても暮らしていけます。だからこそ、これからどうやって過ごそうかと考えると、暗澹たる気分になるんです」
本人は、贅沢をして遊んで暮らしたいと考えるタイプではないという。情熱を傾けて取り組めるような趣味や目標もない。ただ、金だけは有り余っている。
「遺産目当てに寄ってくる人はゴロゴロいるけれど、信頼できる人、親身に相談に乗ってくれそうな人は見当たりません。親戚といえども心は許せない。父の死後、人間不信まで背負い込んでしまいました。こんなことを言うと嫌味に聞こえるかもしれませんが、やることがなくてお金だけがあるというのは、皆さんが想像する以上に虚しくて苦しいものなのです」
こうした悩みを持つ資産家は少なくない。前出の福留氏がこう話す。
「若いうちに巨額の資産を相続された方は、不動産の賃貸料や駐車場収入、預貯金の利息などで、毎月すごい額の収入があります。お金も時間もあるけれど、自分自身は何をしていいのかわからず悩んでいるという方は、実際結構いらっしゃって、そうした方の多くは無職で独身です」
寄ってくる人にダマされるのではないかと人間不信に陥る。節税のために頭を悩ませる。先祖代々の資産を防衛するためだけに人生を送る人もいる。金を稼ぐのは大変だが、それを守って生きていくのはもっと大変なのだろう。
少ない小遣いから今日の昼食は何にしようかと悩む庶民の生活のほうが、案外幸せなのかもしれない。
[週刊現代」2012年9月8日号より