いま、旬を迎えているアスリートの一人にディーン元気がいる。
2012年の6月に開かれた日本選手権のやり投げにおいて、大会新記録となる84m03cmで優勝し、ロンドンオリンピックへの切符を手にした。この記録は日本歴代2位だが、世界記録はヤン・ゼレズニーの98m48cmである。世界と伍して戦うには、ディーン元気はさらに10m以上、飛距離を稼ぐ必要がある。もっと遠くへ投げるには、どうすればよいのか?
もうすでに人の何倍も練習を重ねてきているのだろうから、いまさら「もっと頑張れ」と言うのは詮ないことである。
こんな時こそ、われわれ"工学屋"の出番だ。
「スポーツと工学? どんな縁があるの?」と驚かれるかもしれない。だが、できるかぎり空気抵抗を減らしたウェアや、地面をしっかりグリップできるよう摩擦力を大きくしたシューズなど、最先端のスポーツギアは工学の粋を集めてつくられている。
私の専門は、流体工学という物理学の一ジャンルで、空気や水など、流れる物体=流体の中で、走ったり飛んだり、泳いだり滑ったりする際に、どんな現象が起きているのかを研究している。
「摩擦」と「抵抗」をキーワードに、さまざまなスポーツの記録向上に貢献することを目指して、日夜、工学的工夫に取り組んでいるというわけだ。
さて、「槍を飛ばす物理」をどう考えるか? やり投げという運動をモデル化し、飛距離が最大となる要因を考え、どうすればそれが実行できるか、答えを導き出すのだ。
「物体をある速度で最も遠くまで飛ばすには、何度の角度で投げ出すのがよいか?」
高校の物理で、こんな問題を習ったことがある方も多いだろう。答えは、水平方向から測って上方に45度。野球のバッターがホームランを打つには45度の角度で打てばよいし、ゴルフで遠くへ飛ばすにも同じことである。