米国発の「市場主義経済学」では、いまの危機は解決できない!
『経済学の犯罪』著者・佐伯啓思インタビュー

── 「構造改革」というと、何となく小泉政権以降というイメージで捉えられることも多いのですが、実際はバブル期以降ずっと続いているわけですね。

佐伯 そうです。これに対し私は、当時からこれはちょっとまずいなという気はしていました。というのはそのとき言われていたのが、「日本型経営システムが遅れているからよくない。だから変えよう」という話でした。その直前の1980年代後半までの経済が好調だったときは、日本型経営システムが礼賛されていた。それがバブルが崩壊したからといって、論調まで急に変わること自体に不信感があった。

 景気が悪くなると、まずはケインズ型政策で需要を下支えして自律回復を待てばいいのに、そこでやろうとしたことは、構造自体を変えようという話でした。

── そのときに日本としての戦略は何かあったのでしょうか? 

佐伯 その部分も私が不信感を持った原因なのですが、結局そこで行われたのは、アメリカによる日本改造計画だったのではないかということです。

 1980年代終わりくらいからアメリカでリビジョニスト(日本異質論者)と呼ばれる人が出てきた。もともと70年代から80年代にかけて、アメリカではなぜ日本に製造業で負けたのかというテーマで日本型経営が日本の強みとしてかなり研究されました。そこでは当初、日本型経営は日本文化に支えられているのでなかなか変えられないという論調が強かったのです。ところが80年代後半から、いや圧力をかければ変えられるという論調が強くなってきました。その過程で出てきたのがリビジョニストです。

── 自分が負けた相手を徹底的に研究するというのが、逆にアメリカの強さかもしれませんね。

佐伯 その結果出てきたのが、1989年からの「SII」です。日本語訳では「日米構造協議」となっていますが、直訳だと「構造障害に関するイニシアティブ」、この場合のイニシアティブとは明らかにアメリカが主導権をとって日本経済の障害を取り除いていくという意味ですよね。アメリカが日本に要求して、日本がそれに応えて政府が率先して自国のシステムを変えていく、そんなことをすること自体おかしい。

── SIIを「日米構造協議」とソフトなものに訳すこと自体、何かを隠しているような感じがしますね。そして結局日本がやったことは、アメリカの戦略に乗って日本を変化させるということだった……。

佐伯 もちろん従来の日本型経営にはムダもずいぶんあったし、公共事業にしてもかなり制度疲労が始まっていて、このままでは立ちゆかない面があったことも事実です。だからといってそれらすべてを変えていっていったい何が残ったのか。

── そういえば当時、「日本もグローバリゼーションに対応するために金融ビッグバンを進めるべきだ」というような論調も流行りましたね。

佐伯 でも結局、アメリカに一周遅れで金融工学などをやっても、その分野では圧倒的に強いアメリカの相手になるはずがない。