稲川淳二 独占告白「私が愛する息子に死んでほしいと願った日々」

週刊現代 プロフィール

 それにしてもなぜ、稲川氏は子供の鼻と口に手を伸ばしたのだろうか? 

*

 それまで私は、障害者との出会いはなかった。自分の周りに障害者はいないんだから。やっぱり、どこかで〝自分とは別の世界の人たち〟と思ってたのかもしれないですね。それまでは障害者を差別なんかしてなかった。自分はいい人だと思っていたから。みんな、そうじゃない? 障害者に同情してたんですよ。障害者を見たときに、手を握って道路を渡らせてあげようかなって気持ちはあったし、純粋にそう思えた自分がいたんですよ。

 私、独身だった頃は、深夜のラジオ番組で、社会的弱者を助ける話を何度かしたことはありました。ところが障害を持った子供が生まれたら、どっかでその子を差別しているんです。それはなぜかっていうと、今までは自分に降りかかってなかったから、同情できたんです。自分に降りかかったら、なんで俺に?ってなったんです。それが正直なところですよ。

 

次男の手術後、考えは変わりました。4ヵ月の赤ん坊があれだけの手術に耐えて頑張ってるのに、それを「お前は俺の子供じゃない」みたいに思うなんてのは、もう恥ずかしい限りです。やっぱり、自分の子供はかわいいんですよ。うん。だから鼻をつまめなかった。

 次男が二つか三つの頃かな、あるとき、色が付いた木をね、グラデーションに並べたんです。ちっちゃい赤ちゃんがね、ちゃんと順番に並べたんですよ。「あー、こいつ、絵が好きなんだなあ」って思いました。私も絵が好きでしょ。たぶん、自分に似てるんですよ。

 でも、次男が街を歩いているとき、周りは奇異な目で見ているのに気付いた。こんなみじめなことはないですよ。本当に。それは申し上げたい。それは障害者の親にならないとわからないと思う。こいつは悪くないのに、みんながジロジロ見て、驚いた顔をするじゃないですか。やっぱりきついですよ。

 いつだったか、たまたまタンスをあけたら、次男のちっちゃい頃の写真があったんです。私はそれまで上の子の写真はいくつも撮ってるのに、下の子は一枚も撮っていなかった。そう長く生きはしないだろう。そう思う自分がいたのは事実なんです。

 でも女房は、自分で写真を撮って、それをタンスの中にしまっていた。

生きてるだけはさみし過ぎる

 かわいそうなのは、次男本人です。いま、26歳になりますが、単純に考えて結婚はムリでしょう。学生のころは修学旅行も行けなかったし、泊まりもできない。要するにいっちょ前の人間として成長していけないじゃないですか。私が今まで生きてきた中で味わってきたことを、彼は味わえない。生きてるだけでいいっていうんだったら、さみし過ぎるじゃないですか。