[障害者スポーツ]
伊藤数子「国枝慎吾に見るスーパースターのあるべき姿」

スポーツコミュニケーションズ

“断る勇気”をもてる誠実さ

 国枝選手はプレーヤーとしてのみならず、人間的にも魅力あふれる人です。彼の言動には一切の嘘がありません。実は昨年、こんなことがありました。毎年5月には、福岡県飯塚市でジャパンオープン(飯塚国際テニス大会)が開催されます。しかし、昨年は3月に起きた大震災の影響で、開催が危ぶまれていました。それでも「復興への願いをこめた大会として開催しよう」という運営側の方針で、予定通りに行なわれ、男子シングルスでは国枝選手が6連覇を達成しました。

 毎年、インターネット生中継(モバチュウ)で決勝を配信しているNPO法人STANDでは、昨年は試合の模様を中継すると同時に、選手たちから被災地へのメッセージをいただきました。国枝選手にも決勝を終えた後、お願いをしたところ、「いいですよ」と笑顔で快諾してくれました。ところが、いざ話始めると、「あぁ、やっぱりダメです」と途中で止めてしまったのです。「もう一度、お願いします」と言って、再び話そうとした国枝選手でしたが、なかなか言葉が出てきません。「ちょっと待ってください……話がまとまらない」と、しばらく考えた国枝選手はこう言いました。
「被災地の人に対して言えるようなコメントが見つからないので、今回は申し訳ありませんが、やめさせていただけませんか」

 国枝選手にとっても、一度は承諾したことですから、途中でやめて断ることは勇気がいったはずです。しかし、どんなに考えても、的確な言葉が見つからなかったのです。また、自分の立場としての責任の大きさも考えたのではないでしょうか。国枝選手は言わずと知れた、世界のトッププレーヤーです。その国枝選手の言動は、本人が望まずとも、大きな影響を及ぼします。ですから、言葉一つひとつに重みがあることを強く自覚していたのです。そして、その時の国枝選手には、その責任を果たすだけの言葉が見つからなかったのでしょう。彼は申し訳なさそうにしながらも、きちんと「今回はできません」と言いました。私はそんな姿を見て、改めて国枝選手の誠実さを感じずにはいられませんでした。

 プレーヤーとしても、人としても、逸材である国枝選手は、まさに日本が誇るスーパースター。9月8日、車いすテニス男子シングルス決勝のコートで、最高の笑顔でガッツポーズをする彼の姿が見られることを心待ちにしています。

伊藤数子(いとう・かずこ)
新潟県出身。障害者スポーツをスポーツとして捉えるサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。1991年に車椅子陸上を観戦したことが きっかけとなり、障害者スポーツに携わるようになる。現在は国や地域、年齢、性別、障害、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するため の「ユニバーサルコミュニケーション活動」を行なっている。その一環として障害者スポーツ事業を展開。コミュニティサイト「アスリート・ビレッジ」やインターネットライブ中継「モバチュウ」を運営している。2010年3月より障害者スポーツサイト「挑戦者たち」を開設。障害者スポーツのスポーツとしての魅力を伝えることを目指している。11年8月からスタートした「The Road to LONDON」ではロンドンパラリンピックに挑戦するアスリートたちを追っている。 

(写真:竹見脩吾)